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稲作専業農家の素敵な日々

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英国へのあこがれ

 終日雨が降る。スキー場の準備作業は土日が休みなので、特に家の仕事をするわけでもなくゴロゴロして過ごす。毎週2連休が巡ってくるというリズムが今ではとても貴重に感じる。最近は1年の疲れがこの時期に集中して出るようで、11月の土日は決まって体調が悪い。この時期以外はまず風邪をひかないので、気が抜けるんでしょうね、たぶん。

 今日はラジオを聴きながらほとんど寝て過ごす。

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 BLACK SABBATH/BLACK SABBATH(1970)

 ブラック・サバスのデビューアルバム『黒い安息日』(邦題)です。ジャケットのアートワークを含めてブリティッシュ・ロック然とした翳りがたまりません。ビートルズのラストアルバムである『LET IT BE』も1970年ですが、完成されたビートルズのプロダクションに比べると物凄くチープです。それでも、このあと世界を席巻していくハード・ロックの原点であり完成形であるという威厳が漂っています。

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 BLACK SABBATH

 英国に行ったこともないのに行った気になる音像。アーサー王伝説の国の気品というか、シェイクスピアの国の機知というか、『嵐が丘』の翳りというか・・・。うーん、1度はイギリスに行ってみたいですね。

 元ポリスのスティングは『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』で「コーヒーは飲まない 紅茶がいいんだ」と歌っていますが、そういうことなんでしょうね。
 
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 Sting - Englishman In New York(1987)

 「パンは食べない ご飯がいいんだ」と心の底から思ってみたいものです。
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敬虔な祈りの音楽と秋の夜長

 田んぼをするようになってから、「秋の夜長」というものを実感するようになりました。日が暮れるのが早いので夕飯が早くなる。夕飯が早くなると夜の時間が長くなります。田んぼも片付き体力に余裕ができたので、安心して夜更かしができるという(笑)。

 秋も深まり虫の声は日に日に遠くなり、今夜のような風の強い日には風の音しか聞こえない。

 聖母マリアのための夕べの祈り がーディナー盤
 聖母マリアのための夕べの祈り(1610年)/モンテヴェルディ(1567-1643年)

 かのバッハが1685年生まれ、モーツァルトが1756年生まれですから、それより前の音楽です。僕はこの曲の存在を高校1年生の時に知ったのですが、いつかは聴こう聴こうと思いながらも、結局CDを買ったのはそれから10年後でした。その時はあまりに雑念が多かったので(笑)、純真で敬虔なこの曲に深入りすることができませんでした。そして今でも深入りできずにいるので(雑念は増すばかりで・・・)、自分の音楽的素養の浅さに少しガッカリしています。

 「あまりに美しい」と形容されるほど美しい音楽で、その音楽的な美しさに感動することはできるのですが、精神的に接近することができないので僕には「祈り」などとうてい不可能なもののように感じてしまいます。高校生の時に聴くことができていれば、もしかすると荘厳な宇宙が見えたかもしれない(それともそんなものはないかもしれない)。しかし、「多感」な時期というのは本当にシックス・センス的な意味で多感なのだろうと思うのです。

 例えばクラシックの交響曲は聴いてるうちに集中力の極限状態になって無意識に時間と音楽が融合し、目の前で音符が色鮮やかに踊り始めたりしていたはずなのですが、この頃は本当に集中力がなくなってしまったのかそんな超常現象は一切起こりません(笑)。だからというか、10代の感受性というのは思った(思い返す)以上に鋭いのかもしれません。

 今さら見えないものを見ようとする力は必要ないのですが、見えないものを見ようとする力はもしかしたらどこかにあるのかもしれないということを忘れないように、こうして日々ものを書いてみようと思うのであります。

 早く寝てしまえば何も考えないのですが、起きていれば意識的にものを考えるわけで、こうした積み重ねが10年後、20年後の自分の人間性を形成していくのではないかと、そういう長期的な捉え方をしています。

 今夜、「祈り」を見つけることはできませんでしたが。

 

 
 

 

 
 

   

少年期の終わりとローリングストーン

 最近はすっかりロックを聴く機会(というか動機?)もなくなり、今日のスキー場までの通勤ドライブの選曲はZONEという始末。

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 PINK FROYD/THE DARK SIDE OF THE MOON (1973年)
 ウィキペディアによる解説

 言わずもがな、ピンクフロイドの『狂気』(邦題)です。僕はこれを高校1年生の時に聴いたのですが、怖かったですよ、これは。時を同じくして聴いたキングクリムゾンの『クリムゾンキングの宮殿』も怖かったし、イエスの『危機』も怖かったし、EL&Pの『タルカス』でさえも怖かったです。思春期の少年にとってロックは世界という名の深淵への第一歩で、何だか開けてはいけないような扉を開けてしまったようなスリルと興奮を感じていたのを懐かしく思い出します。

 何が怖いって、プログレ(プログレッシブ・ロック)は歌詞が一番怖かった(笑)。

陽だまりの中で寝そべることに飽き飽きして
家の中から降りしきる雨を眺める毎日
若いおまえにとって人生は長く
どんなに無駄に使ってもあり余るほどだ
だが ある日 おまえは
10年があっという間に過ぎ去ったことに気づく
いつ走りだせばいいのか
誰も教えてはくれない
そう おまえは出発の合図を見逃したのだ   ― 「TIME」より抜粋 ―



 僕が高校1年生の時(1996年)の文化ではこういう言葉に触れる機会がなかったので、これは本当に焦りました。自分の人生の一回性に気付くといいますか、「あぁ、ヤバい、いつしか時は過ぎるし、いつかは必ず死んでしまうんだ」的な、あの焦燥感。いいですね。さすがに、もう一度味わいたいとは思いませんが・・・。

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 PINK FROYD

 結局、16歳から25歳くらいまでは熱心に心の糧としてロックを聴き続けたのですが、その後しばらく手放しの生活を送ったあたりからだんだんロックと疎遠になってしまいました。ジミ・ヘンドリックスにジム・モリソン、ジャニス・ジョプリンにブライアン・ジョーンズ、夭折のミュージシャンたちの年齢(27歳)というのはやはりひとつの精神的転換期なのかもしれません。

 今、僕はそこに崇高な精神性を見い出すことはできず、ただ歴史上のエンターテイメントとしてロックを聴くことしかできません。ラブ&ピースは幻想だったようですし、カート・コバーンの自殺を思うと、ロックがロックであるためにロックでなくなるという意味不明な袋小路に迷い込んでしまいます。

 それはつまり、僕自身の「反抗の終焉」なのではないかと思います。故郷を、親を、育ちを、家族を、仕事を、過去を、未来を肯定した時、長かった反抗期は終わるのではないかと。

 誰かから借りた言葉で自分の生活を弁明していた頃があったと冷静に振り返ることができるというのは、たぶんに奥さまと娘のおかげなのでしょう。誰かのおかげで成り立つ自分に気付いてみれば、年老いたローリング・ストーンズから感じる健全性は、僕にとても前向きな力を与えてくれます。 

 転がり続けて丸くなった石は、触れても人を傷つけない。それは素晴らしいロックです。

 

親の心の在り方、またはその在処

 【泣く子を殴打、自己嫌悪……くわばたりえ、子育てのリアルな悩みを激白】 記事リンク

 記事はあくまで例としてなのですが、育児に限らず、人はいったいどれほど自分の悩みや苦労を共感してもらいたいのだろうか。共感は問題を普遍化させて、「あぁ、私だけじゃないんだ」という安心感を得ることができる。と同時に、「本当は大変なのね」と気遣ってもらうことで密やかな優越感も得ることができる。それでいて自己嫌悪もある。いやはや、こういう感情の負のスパイラルはできれば20代である程度は決別しておきたいところです。

 僕の娘は2歳半の可愛い盛りなのですが、あまりにきかないときは遠慮せずひっぱたきます(笑)。もちろん常識的な「許容範囲」のレベルだと思いますよ。その際の怒鳴り声だって普通の父親の範囲内だと思うのですが、最近の育児論からすると「やりすぎ」と言われるかもしれません。ちょうど手元にベネッセコーポレーションの『こどもちゃれんじ』に付いてきた今月号の読み物があるのですが、まさにタイムリーな特集で、タイトルはズバリ「しつけでたたくことは、本当に必要?」です。Q&A形式で要約された文章があるので以下抜粋します。

Q1 しっかりしつけるには、たたいてわからせることも必要?
A1 恐怖心を与えるだけで「何がいけないのか」は伝わらない

Q2 痛みを知れば相手の傷みもわかる?
A2 「たたいてもいい」と伝わるだけで相手の痛みはわからない

Q3 手やお尻を軽く「パシッ!」もダメ?
A3 おうちのかたの感情がエスカレートする危険性あり



 いやはや。僕はこのような親に対する優等生マニュアル教育こそが親に「自己嫌悪」という罪悪感を植え付けてるのだと思いますよ。そもそも、ひっぱたいたとき(何度も繰り返しますが、常識的な範囲の話です)に、いちいち自己嫌悪している暇はありません。子供が泣き止んだら本を読んであげなければならないですし、時間になったらご飯も用意しなければならない、子供が自分一人で着替えができたら一生懸命褒めてあげなくてはならない、仕事がある人は仕事のことも考えなくてはならない。生活には次のやるべきことがたくさんあって、それらをキチンとテキパキこなしていく、たくましい親の姿を見せることが一番のしつけではないかと僕は思うのです。叱って叩いたことをいちいち反省している時間はありません。親は大人なのですから瞬時に「客観的な反省」ができるはずなので、もしも「やりすぎた」と思うのであれば、それは軽く心に留めておけばいい。そういった程度の話だと思います。
  
 そういった繰り返しをしながら共に学び、共に成長していくのが育児なのではないかと最近は思えるようになってきました。いくら自分の子供だとはいえ、人を立派に「しつけ」られるほど僕は立派な人間ではありません。それはよくわかっています。そして当然ですが育児に上記引用のようなマニュアルはありません。それもよくわかっています。だとするなら、考えることはそう多くはありません。僕の僕に対する答えは一つ。共に生きることを学べと(笑)。本気で笑って本気で怒って本気で夫婦で考えていれば、少なくともその家庭で育った子供が叩かれた(しつこいようですが度を超えない程度ですよ)からといって人間不信のひねくれた人間に育つとは思いません。

 メディアでは犯罪レベルの虐待を毎日面白がって取り上げていますので、これもまた悪い。親が子供を叩いただけで虐待を連想させて自己嫌悪に陥らせるようなシステムができあがっています。これでは犯罪を基準に物事を考えてしまう癖がつきますよ。ベネッセコーポレーションの話に戻りますが、平和な生活レベルでこどもを叩いていいかどうかは親が自分で判断してください。各家庭の教育方針は夫婦で築いてください。僕はそう思います。

 最後に、僕は自身は子供を叩いてよいとは思っていません。ですが、人には根源的な暴力衝動が備わっていると思いますので(男の子は理由もなくケンカをするものです)、いつかは誰もが何らかの形で無慈悲に人を傷つけることがあるでしょう。それは体かもしれないし、心かもしれない。他人かもしれないし、自分かもしれない。可愛い盛りの娘もいつかは思春期を迎えます。自分の子供の心も、かつて自分がそうであったように一段と複雑になっていきます。子育てはたぶんに親育てでもあると思います。僕はそれが常に流動的な心の問題であることを忘れずに、都度真剣に考えていたいと思うのです。

山形県の稲杭

 【消えゆく原風景「稲杭」  ~山形県山辺町「大蕨の棚田」】 記事リンク

 山形県の水田地帯に行くと刈り取った稲が見慣れない姿で天日干しされているのですが、これを「稲杭」と呼ぶことを初めて知りました。

 記事は後継者の不在を嘆いているのですが、どうしたらよいのでしょう。自給自足の時代からの伝統を安易な気持ちで美化することは僕にはできないのですが、ここに日本人としての原風景を見出し、失われてはいけないものが失われていくという寂しさを感じるのも確かです。

 さてさて、今日からスキー場の仕事に行く。片道30分のドライブが気持ちいい。山は少し色づいていて、道路では猿を見た。柿の木のオレンジ色がもう晩秋を思わせる寒々とした青空に映えていて、故郷にいなくても故郷にいるような気分になった。

雨降り休日と『夏子の酒』

 今日の低気圧は予報ほど荒れずに過ぎた模様。とはいえ断続的強雨のため田んぼは水たまりに。もはや数日中の田打ちは無理そうなので潔く諦めて、明日からはスキー場の準備作業に出動します。

 ツタヤで『夏子の酒』(和久井映見主演のドラマ版)を全巻借りる。これは僕が中学1年の時のドラマだったのですが、子供ながらに感動したのか原作のコミックス全12巻も買いました。

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 いまだに大事にしています。原作は一瞬のスキもない名作です。

 酒蔵の娘である夏子が急逝した兄の遺志を継いで酒造りに挑むという話で、幻の酒米「龍錦」を育てるために夏子が有機農法をします。この紆余曲折のコメ作りが丁寧に描かれていて中学生ながらに感動していたのですが、まさか自分も将来コメを作るとは思うはずもなく・・・(笑)。

 物語の中に有機農法を実践している豪田という男が出てくるんですけど、いや、これは厳しいお言葉です。

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 「おまえは農業を厳しくないものだと思っていたのか?」という言葉に本当に何も言えません。







田打ち

 朝から快晴。雨も昨日の午後には上がっていたので田んぼも少しは乾いている。

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 午前中は一昨日の続きを終わらせ、午後からは1.3ha田を半日で終わらす目標で挑む。この田んぼはコシヒカリを最後に植えて最後に刈取るのですが、5月19日の遅植えのせいか意外と最後まで生き生きとしていて毎年良い感じです。毎年良い感じなので自家用米にしているのですが、今年はなかなか美味しいです。自分で面倒を見てるので主観的には当然美味しいんですが(笑)。
 これは5割低減の特別栽培米なので化学由来窒素を抑えるために1回目の穂肥は6‐6‐2の有機100%のものを使い、2回目では10‐12‐10‐2(有機5.2%・科学4.8%)のものを使ったのですが、これで良いような気もするしダメなような気もするしで、考えるほどによくわからん・・・。
 最近は後期栄養不足に注意ということがよく言われているので、このウルトラ猛暑に負けないように強気の2回目を施したわけですが、これが悪天候だったら完全に倒伏するわけで、感覚としてはほどんどギャンブルに近いですね。

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 まぁ何とか夕方には終了。
 

雨降り休日

 朝から雨が降る。午前中は家族でスーパーに買い物へ出る。午後は市のボランティアフェスティバルに母が参加しているので、ちょっと様子を見に出かける。

 今ではスーパーも時々しか出かけなくなったけれど、食事というのは自分が作らなければ誰かが作ってくれているわけです。ありがたい。でも、感謝は態度と実行で表さないといけませんから、昼は焼きそばを、夜はカレーを作る。夜はカツカレーにしたかったのでカツを揚げるわけですが、僕は揚げ物がイマイチ要領を得ていないのでほとんど奥さまにやってもらう。

 市のボランティアフェスティバルの会場で母を見つけたのですが、僕たち他の家族が知らないところで積極的に活動をしている姿を見ると、やっぱり感心しますね。日頃娘の面倒を見てもらっているわけですから、できるだけ優しく接してあげないとと改めて思うのでした。

 

 
 

田打ち

 明日も雨予報に変わってしまった・・・。

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 明日が雨なら乾く見込みがないので耕してしまう。少しドロドロ。

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 ラジオが面白い。笑い過ぎて興奮し、膝でロータリーの昇降レバーを上げてしまう。

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 アンドロメダ銀河。

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 キュリオシティが撮影した火星。NHKスペシャルで火星探査を特集していたので夢中になって観る。僕は最近この火星探査機キュリオシティの話が大好きなので、特集があれば録画して観るようにしている。火星の映像は信じられないくらいにドキドキさせてくれる。

田打ち

 昨夜のうちに雨はやみ、今日は朝から秋晴れ。

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 降雨後なので乾きが良い田んぼから耕す。雨が降って水たまりになる田んぼもあれば、すぐに乾いてしまう田んぼもある。田んぼには性格と呼べるようなものがあって、それを自分で把握できるようになると1つ1つの田んぼにとても愛着がわきます。

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 この田んぼは基盤整備後4年間ずっと早稲のこしいぶきを植えていたのですが、来年からは特別栽培コシヒカリに変更します。この田んぼにコシヒカリが実る姿というのが想像できないのですが、地浅でよく乾くので倒伏の気配がします。こしいぶきは耐倒伏性に優れているので強気の穂肥をやれるのですが、コシヒカリはそうはいかないので今からハラハラドキドキします。

 今日は田んぼ3枚で計1町8反。4反、6反、8反の続き田なので効率がよいですが、何とかしてもう少し能率を上げたいところ。ただ、トラクターのシフトの関係でもう1段階速度を上げるには副変速を高速に入れないといけないので、ちょっとそれだとターン前の減速等が容易でない。かといってエンジン回転を上げて速度を上げるというのは結局は燃費が悪くなるので意味がない。まぁ、あと時速0.2km、それこそ秒速5cm程度の微妙な世界なんですが(笑)。でも1時間で200m違えば20時間で1町歩くらいの差は出ますから、それは大きいです。

雨降り休日と『秒速5センチメートル』

 昨夜は本降りの雨で、今日は仕事にならないだろうということで深夜まで夜更かしし、起床は9時。

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 娘が時計に興味を持っているようなので、奥さまのリクエストにお応えして遊び用の時計を作る。

 「北の国から」を返却し、気になっていたアニメーションを借りてくる。

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 僕はアニメに疎いので全然知らなかったのだけど、深海誠という監督の絵が気になっていたので3本まとめて借りてきた。制作順に『ほしのこえ』、『雲のむこう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』を一気に観る。

 『ほしのこえ』はエヴァの系譜というか、少女がロボットを操縦するという意味不明な必然性に興ざめしてしまったのですが、宇宙と地球の時空を超えたメールのやり取りという「距離」が何ともまぁ切ないこと。シリウスから地球までメールが届くのに8年。この感覚が新鮮で面白かったです。

 『雲のむこう、約束の場所』は前作と同じくSFなのですが、少女がロボットに乗らないのが良かった(笑)。少年少女のノスタルジックな恋物語が平行宇宙というかパラレルワールドを行き来してしまうというストーリーには納得できませんでしたが、これはこれで大傑作なのだと思います。僕がSFアニメの楽しみ方を知らないのが残念です。でも、何かに似てるなぁと思ったら、日渡早紀の『僕の地球を守って』という少女マンガに似てました。

 『秒速5センチメートル』はいいですねぇ。脱SFだし。これは良かったです。僕が20歳だったら病的にハマったかもしれません。

 3作ともストーリーはともかくとしても、とにかくアニメーションが美麗、秀麗、華麗で、もうそれだけで引き込まれます。ただ、感情や展開がほとんど主人公の独白で語られてしまうので、映画というよりは挿し絵付きの小説のようでした。ちょっと説明的すぎるかなと。教室の風景などのノスタルジー風景は岩井俊二に似すぎてるし。そういう意味でも、子供でも理解できる少ない言葉で多くを語ってしまう『となりのトトロ』はやっぱり名作なのだと思いました。

田打ちとトラクターのあれこれ

 終日田打ち。天気予報は下り坂。雨が降る前に好条件の1ha田を2枚片付ける予定で作業開始。9時~17時の仕事で2町歩(2ha)耕せるかチャレンジです。

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 50馬力のトラクターでエンジン回転数は2400~2500回転。PTOは1速。10cm弱の浅打ち。作業速度は1.9~2.0km。ロータリー幅は2m20cmです。直線距離200mの1ha田は非常に作業効率がよろしいのですが、それでも1枚3時間強かかりました。
 コンバインのターンで田面が掘れて凸凹になっている箇所、まくら方向のクローラーの轍部分は速度2kmだとロータリーの水平センサーが過敏に暴れるので0.7~1.0kmに落としました。
 ロータリー幅ギリギリ耕うんはせず、10cm重ねるくらいの気持ちで走っています。時間に余裕がある秋に残耕をなくしておけば、忙しい春の耕起時に残耕を気にしなくてよいからです。

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 予報通り雨。17時に2枚目終了。目標通り1日で2ha耕せました。エンジン回転をMAXにしないだけで燃費が全然違います。感覚としてはもう1cm浅打ちでもよいし、エンジン回転数ももう少し落としてもよいしといった感じ。
 
 田起こしはエンジン全開で「ゆっくり」やるものという常識があるので、通行中の軽トラからは「やっぱ若者はトラクターの乗り方も知らないんだな」と思われていることでしょう(笑)。代かきは特に。代かきは浅く「丁寧に」と言われますけど、代かき用ドライブハローは高速作業用に作られているのではなかろうか?ハローは爪が短いので僕は荒代を全層代かきのつもりで深くシェイクしてしまうんですけど、土の練り過ぎという感じはしません。土に手を突っ込んでみると下層が荒くて上層がトロトロの状態にもなっています。そもそも土の練り過ぎの問題はトラクターではなく耕起時の土壌水分や代かき時の水量の方にあるような気がします。

 でも、結局は田んぼの状態によって様々です(笑)。毎回違うので毎回ぶっつけ本番。トラクターの世界は楽しいですなぁ。

 

鶏ふん散布と田打ち

 色々と散布してくれている父が午前中は忙しいというので代わりに鶏ふんを散布する。

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 堆肥の代わりとして鶏ふんを投入。1袋15kgを1反(10a)当たり約5袋入れてます。午前中で1町(1ha)田を2枚こなしたので、約100袋使いました。袋を封切るのに飽きてきます(笑)。

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 粒状に加工されているので振りやすいです。鶏ふんなので、もちろん匂います。

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 えーと、1袋15kgで窒素成分が3.7%ということは、1袋あたりの窒素成分は0.555kg。反当り5袋入れたとして・・・、計2.775kg。これが来年の春までどのくらい残っているのかサッパリわかりませんが、有機質資材で土づくりをすることが目的ですので、まぁ細かいことは気にしないようにしています。

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 午後からは田打ち。来年からお借りする田んぼはとりあえず終了。

田打ち

 昨日に引き続き田打ちに出る。トラクターで往復するには遠いので、お昼は父が車で迎えに来てくれる。午後は自分で車で行ったので、トラクターは田んぼに置いてくる。

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 一日中ラジオを聴いて過ごす。

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 眠い・・・。

 お借りした以上地主さんはもう何もしなくてよいのですが、長年自分が守ってきた田んぼがやっぱり気になるのか田の中の草を鎌で刈ってくれている。それはそうだと思う。僕も70歳になって田んぼを手放すようなことがあったらその気持ちがわかるだろう。でも、70歳になってから人の気持ちに気づくなんてのは遅すぎるので、今日でその気持ちを想像したなりに理解して汲み取ったということにしよう。

 人の気持ちは事務的に処理することはできない。そんなことは誰だって知っているのだから。

 そういうことを考えると、爪の中の泥を必死に落とそうとしている自分が情けなくなるときがある。僕はまだまだ物事の本質を見誤っているのではないかと。いやいや、そもそも何もわかっちゃいないのではないか。

 機械化だから厳しい作業なんてひとつもないはずなのに、どうにも田んぼは人に厳しい。

 
 

田打ちなど色々

ゴロゴロしていても仕方がないと思うので、まぁ今日も色々と。天気が良いので久々に林道ドライブしてみたくなるのですが、震災以降はリスク回避志向で勇気が出ない。土砂崩れも怖いし、熊も怖い。

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物置代わりに買ったトラックの荷台を運ぶ。庭の外の道路から庭まで100メートル移動。しかも走行経路はS字クランクという難易度・・・。たまたま家に来た父の友人に「こっち上げろ、そっち下げろ」と監視役をやってもらったので無事に運べましたが、父と2人だったら田んぼに落としたかも。父がバックホーで前を持ち上げ、僕がフォークリフトで後ろを持ち上げて運んだのですが、直角カーブで転がしそうになるし、バックホーも浮き上がるしでヒヤヒヤしました。

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その後、ケイカル散布。ケイカル散布は終わったので、トラクターで家に戻る。それからトラックを取りにチャリで田んぼへ。チャリは荷台へポン。

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時間が空いたので午後は田打ち。来年からお借りする田んぼを耕す。耕すといってもこの時期の目的は田んぼの稲わらの腐熟促進なので、とても浅く耕します。

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トラクターで片道20分。10a~20a区画で2ha超の面積をお借りしたので、来年は手間と効率を考えた栽培作戦の見直しを強いられそうです。

リンゴ園とケイカル散布

午前中、家族3人でリンゴ園に行く。車で20分。近いもんです。

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昨日、「リンゴ屋さんに行こう」という口実で娘をドライブ昼寝に誘ったのですが、まぁ見事に寝てくれたので家に引き返したわけです。そしたら起きて泣くわけです。わんわんと。「リンゴ屋さんに行く」と。

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子供に嘘をついてはいけませんね・・・。反省。

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午後は来年度から新たにお借りする田んぼを地主さんに案内してもらい、帰ってきてから田んぼにケイカルを散布する。1ha区画のほ場整備田がどうにも秋落ち傾向にあるので、、まぁあれやこれやと良さそうなものはとりあえず投入。

夕方は半年に1度の歯の定期検診に行く。特に虫歯もなく、注意事項もなく、軽くクリーニングだけしてもらって終了。帰りにツタヤに寄り『2002遺言』を借りてくる。いよいよ「北の国から」も最終話です。


たむらぱん ‐ ラフ

 一昨日のこと。トラクターの中でラジオを聴いていると、思わず耳に残ってしまう良いメロディーの曲が流れた。僕は初めて聴いたのだけど、それはたむらぱんの「ラフ」という曲で、調べてみるともう2年も前の曲だった。

たむらぱん - ラフ

もしも
世界の最終列車に間違って乗ったらどうしようかな こわいわ
街のタクシーも富裕層用で並ぶのも怖い
だからどうせなら待とうかな 朝

最終列車逃して世界の始まりを見てみよう

らふ そんな気持ちになったら気楽になった
らふ 街灯のせせらぎだ
らふ 肩の力が抜けたら星みえ出した
らふ いいことづくめだ たまのふらふらふらふ

もしも
世界が壊れやすそうなガラスで出来ていたらどうしようかな こわいわ
パズルみたいな世界を完成させたいのに足りない ピースが足りない
無いから何で埋めようかな 埋まるかな 穴

最終的に型どって手作りピースで埋めちゃおう

らふ そんな気持ちになったら気楽になった
らふ やりたいことができた
らふ 寝転がってみたらピースが落ちていた
らふ いいことづくめだ たまのふらふらふらふ

何かをかつかつに進めてても それがいいのかは分からない
あぁ仕方ない だからたまにふらふらふらふ

らふ そんな気持ちになったら気楽になった
らふ 太陽のせせらぎだ
らふ らふ らふ らふ らふ らふ らふ
らふ いいことなんだな たまのふらふらふらふ



 サビのメロディーが優しい。「そんな気持ちになったら気楽になった」のくだりは本当に優しい。やられた。最近は音楽を聴いて気持ちがフラッ(笑)とすることなどないのだけれど、不覚にも「これはまいった」という気持ちになった。僕はメロディーと言葉からその感情の在処を想像するのがクセなので、youtubeで繰り返し聴きながらあれこれ思っていると、まぁ何となくお風呂上りにドライヤーで乾かした娘の髪の毛を丁寧にとかしているときの気分に近いような気がしてきた。

 確かにそれは優しい。それはどこもでも利他的で、世界から遮断された優しさがある。

 そう、その優しさは世界から遮断されている。おそらく僕はその優しさを他の場面で使うことはできないだろう。共有が不可能にすら思える「気づき」、その力はできれば人のために、社会のために使いたい。でも、「肩の力が抜けたら星みえ出した」と歌われているような状況の時、その優しさは本当は利己的なものになってしまっているのかもしれない。

 この曲の歌詞には自分以外の誰かは一切登場しない。あるのはどうにか世界と折り合いをつけようと苦心する「私」の姿のみ。だからその優しさはすべて自分に向けられているようにしか聞こえない。すごく優しいのに、すごく利己的。もったいない。最後に「いいことなんだな」という答えが導き出されているけど、これはもう天才バカボンの「これでいいのだ」に近い感覚で、これを悟りとするか開き直りとするかというところ。

 そういう意味でも現代的な歌の世界だと思う。他人に介入しないのは、結局は他人を介して自分が傷つくのを恐れているからなのではないか。それでも孤独は辛いというならば、それは世界を見失っているからではなく、他人を見失っているからなのではないだろうか。それは僕とて同じことで、だからこそ良い歌だと思った。

 心が洗われるような本当に良いメロディーです。

 

トラクターのアタッチメント交換

しっかし、腰がだるい。今まで腰が辛いという状態を経験したことがなかったので、何だか気落ちします。(笑)

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25馬力のサブトラクターのロータリーを外すのですが、ワンタッチ式ではないタイプを外したことがなかったので一苦労。油断するとロータリーの下敷きになりそうです。

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で、肥料等を散布するための桶(ブロードキャスターと呼ぶらしい・・・)を取り付けます。これも完全に手作業で取り付けるのに苦戦。PTOの軸穴は入らないし、こっちが入ればそっちが入らなくなるでとにかく苦戦。初めてなのでコツも分からず、背中で桶を上げつつ高さを合わせて取り付ける。

腰が泣いているので午後は何もしない。父がこのトラクターで秋の土づくり資材を散布してくれるので、それが終わった田んぼから秋の耕うんをします。する予定。

草刈りと色々

民家の隣の畑が草だらけになっているので、草刈りに行く。草もあとは枯れるだけなので、人の目に触れないような場所は放置で構わないのですが、景観上気になる所は刈らないわけにもいきますまい。
午後は家族でスーパーに行き、帰ってきてからあぜ塗り機を洗う。家の周りの土手にセイタカアワダチソウが生い茂ってきたのでこれも刈ってしまう。腰がだるい。

あぜ塗り

秋のあぜ塗りは時季外れで違和感がありますね。

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取り付けます。車庫から手押しで出してきたのですが、軽く上り坂なのでしんどい。

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冬季湛水にあたって、念のための漏水防止です。

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途中でロータリー部の爪が折れたので直す。それから遠征したら日が暮れました。ライトを付けて無事帰宅。

夜、農林水産省のHPからコメの検査規格をプリントアウトする。まさかこんなところに便利なものがあるとは。手元に画像が欲しかったので助かる。

新型万能細胞と新型出生前診断

 今回のノーベル賞を理解するのに新聞を何度も読み返しました。(笑)

 僕が特に興味深かったのは、今回のiPS細胞が先のES細胞の倫理的問題を回避しているという点。ES細胞は受精卵を壊して作らなければならなかったのに対し、iPS細胞は体細胞から作れるというのだ。受精卵の破壊が倫理で語られるべきものなのかは僕にはわからないが・・・。でも、新たな倫理問題もあるとのこと。iPS細胞から精子や卵子を作製することで、知らないうちに自分の子供が誕生してしまう事態があり得るという。

 これとは別に最近話題になったのが新型出生前診断。妊婦の血液にわずかに含まれる胎児のDNAを調べることで、ダウン症など3種類の染色体の数の異常が高い精度でわかる、というもの。これは専門家の間でも賛否両論激しいようなので、小市民の僕にはどの立場が正しいのかわからない。科学的唯物論と倫理的感情論の戦いは文字で読んでいるだけでも具合が悪くなる。

 こういう壮大で革新的な話題の度に思うのだけど、どうにも科学のできることに心が追い付いていない。追い付けない。それとも心の限界を科学が超えてしまったのか。今回のノーベル賞の偉大さを小学校の授業で教えている風景がテレビに映っていたのだけど、それが「あきらめず頑張れば何でもできる」というようなニュアンスだったわけです。で、ある生徒は「科学者になりたいので励みになる」という。いやはや。

 で、僕は思うわけです。人類の技術的進歩はもちろん素晴らしい。それは未来の人間の物理的可能性に無限の希望を与えてくれる。確かに素晴らしい。しかし、人間の心がどうにもならない。科学の進歩によって訪れるかもしれない不老高齢社会は一体誰を幸せにするのか。毎日のように中高生の自殺が報じられている現状はどうなのか。
 
 そういったことを考えると、喜ぶべきことを素直に喜ぶということがとても難しくなってしまうのです。

 

 

作業場の片付け

家族の皆さまが忙しいので、午前中は娘を連れて公園デート。

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帰りにイオンでミスド。奥さまとも合流したので、フードコートで昼食。

午後からは作業場の掃除。自家用米を保管用の物置に積んだり、ゴミをまとめたり、物を移動したり。

畦畔の草刈りと色々

自家用米を冷蔵庫に入れる。冷蔵庫の容量は30kg袋を10個積める高さなのですが、最後の10個目がバーベル上げ状態で、いやなかなかしんどいです。

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田んぼを冬季湛水するので漏水防止のため秋のあぜ塗りをするのですが、その前に草を刈ります。

環境保全型農業直接支援対策(農林水産省)という仕組みで補助金が出ます。環境保全型のバリエーションとして色んな組み合わせがあるのですが、ウチは化学肥料・農薬成分の5割低減+冬季湛水という組み合わせで申請してあります。農家に対する各種補助金に関しては賛否両論あるようですが、よく考えてみればどんな仕事も何らかの仕組みで国からの補助を頂いてるようなので、僕は特にムキになったりしません(笑)。

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父が過去に冬季湛水してみたことがあるようなのですが、集まってきた白鳥のくちばしで田んぼに穴が開くそうです。

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それにしても、今日は行楽日和でしたなぁ・・・。

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夕方、娘と公園に遊びに行く。

ブロッコリーと色々

父が午前中に用があるというので早朝に収穫済みのブロッコリーの箱詰めをする。

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ほとんど父の趣味です。僕は田んぼだけで精一杯なので野菜作りは勘弁です。

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それでも3年前に栽培したことがあるのでブロッコリーは得意です。

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青虫が入り込んでいることがあるので、下から覗き込んで確認します。

箱詰めが終わってから少し時間があったので、作業場と米冷蔵庫を掃除。

午後はゴロゴロして過ごす。

『'98時代 後編』を観る。草太が死んでしまうのは話としてはやり過ぎの気もするのだけど、北の国からは必ず逸脱者に天罰が下るので仕方ないのか。現代的な農業を目指して成功していくように思えた草太だけど、やはり物語はそれを合理的拝金主義として敗北させてしまう。雪子おばさんも不倫で勝ち得た結婚に敗れて富良野に戻ってくる。ただ、物語は逸脱者に優しい。代償としての試練こそ与えるが、それらは善悪の判断で処罰されたりはしない。こうなってくると、これはほとんど贖罪の物語であるように思えてくる。

買い物と色々

娘の靴を買うために久々に家族で新潟市に出かける。

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アカチャンホンポで風船をもらった。勝手に浮かぶ風船を見て面白がり、不思議がる。娘の体験を通して改めて学ぶもの。大人の目で捉える世界がすべてではないのはわかっているのだけど、僕は最近は農業というお堅い仕事の影響なのか多少なりとも常識的な偏屈さというものに囚われてしまっているので、こういう童心体験は色々なものの考え方をリセットさせてくれます。

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娘に買ってあげた抱き枕にパジャマを着せてみる。楽しいことはたくさんあった方がいい。夜中でも大声で笑えばいい。時代は暗澹たるもので憂いに満ちているのは誰でもわかる。だからこそ、生きていることで得られる楽しさをしっかりと楽しめる力を身につければ、いつの日も明日を願える人になれるのではないか。自分がそういう姿勢であろうとすることを忘れなければ、もうほとんど子供に教育することなんてないような気がする。もっとも再教育が必要なのは僕の方だったりするのだが。

夜は『'98時代 前編』を観る。残りもあと3本になってしまった。さみしい。

ゴロゴロと

連日の夜更かしで体が重く、午前中は陽の当たる部屋でうたた寝。お昼を作って食べて、午後は娘とツタヤに行く。

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夕方、庭先の砂場で遊ぶ。夜は『’95秘密』の前編と後編を続けてみ観る。れいちゃんが結婚するシーンが切なくて良かった。今回も螢に泣かされる。

作業場の片付け

残留米のくず米処理をしてから機械類の清掃をする。

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天気が良いので屋外作業。籾摺り機はバケツ一杯の機内残留米があった。エアブローしたり手を突っ込んだりして何とかかき出す。これでもかというくらい掃除しておくと来年度に楽に使い始められます。あとは動力のベルトや本体の傷みを確認して、交換する部品がないかどうか調べる。大丈夫そうでした。
夕飯後にエクセルを使って本年度の出荷履歴と全ほ場の収量一覧表を作成する。日付が変わるまで夢中になって無事完成。

最後の籾摺り

最後の籾摺りをする。田んぼ仕事には明確な区切りがあり、終わりがある。半年サイクルだから体が持つのであって、これが通年だったら挫折してます(笑)。

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父がもみ殻を焼いて燻炭を作っていた。

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今年も調子よく籾が摺れました。この後の分解清掃が1番の楽しみだったりします。

夜は『’92巣立ち 後編』を観る。懲りずに螢からもらい泣き。

籾摺りと色々

少し遅めに起きてから終日籾摺り。2tトラックの荷台が空いたので、近所の商店までセルフで米を出荷(普通は集荷に来てもらっている)に行ったり、地主さんの畑にもみ殻を置きに行ったり。

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何年か前の何か月間だけ多摩川の上の方に暮らしたときがあって、それは本当に短い間だったのだけれど、川沿いを毎日のように散歩していたことを思い出した。土手には彼岸花がたくさん咲いていたから、その季節も秋だった。会ったその日から男3人が同じ部屋で生活をするという奇妙な日々だった。それは隣の部屋も上の部屋も同じだった。1人は途中でいなくなり、1人とは最後に握手をして別れた。色んな人の色んな考えがまだ若かった。僕も若かった。何があったかは知らないけれど、何があったのか話す人もいた。程度の差はあるかもしれない。誰もが少ずつだけ傷ついていた。ある日の晩、僕はひどく酔っ払ってトイレで寝ていた。部屋の1人が心配して声をかけてくれた。あの頃はそういう日々がずっと続いていくような気がしていたけど、そういう日々は少しずつ終わっていった。5回目の稲刈りが終わったけれど、5年も同じ仕事をするのは初めてのことだ。あっという間だった。20代の半ばは長かった。本当に長かった。

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奥さまが植えたヒマワリ。娘が好きなヒマワリ。

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今日は『’92巣立ち 前編』を観る。今夜も涙腺に響きました(笑)。


休日らしい休日

乾燥済みの籾の籾摺りは後日に回して、今日は休日にする。

午前中は青年農業士の認定を受けるために必要なレポートを地域振興局に提出に行く。この数日、とっくに締め切りの過ぎたレポートのために夜なべしていたので、『北の国から』を自粛しておりました(笑)。というわけで、帰りにツタヤに行き4本借りてきた。娘が昼寝している間に『’87初恋』を、皆が寝静まったこの深夜に『’89帰郷』を一気に観る。この辺はもう涙なしには観れないですね。純と螢がこらえていた涙をこぼすとき、どうしても涙腺が緩んでしまう。

午後は午前中に提出した書類に印鑑漏れがあったので、もう一度出直して提出してくる。農協にも行って金賞米コンテスト用の米と書類を提出する。

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あと、読みたかった本をまとめて買った。『カラマーゾフの兄弟』は25歳くらいのときに旧訳で挫折してしまったのだけど、今回は新訳だからスムーズに読めるのではないかと思う。

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