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稲作専業農家の素敵な日々

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山歩きの日々と週末の上京

 放射冷却の寒い朝。
 
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 通勤風景。毎日の天気に一喜一憂する生活は面白いと思う。絶対に変えられないものを受け入れる忍耐力というものがあると思うのだが、あるとするならばそれはたぶん自然が少しだけ教えてくれるような気がしている。忍耐というか、受容というか、まぁそんな精神。学ぶべきことの多さを知る今日この頃。

 そんなこんなでスキー場では草を刈ったり木を切ったりしている。今年は久しぶりに11月の雪に恵まれたようで、かぐらスキー場では日に日に滑走可能コースが増えているようだ。いつもならそろそろ初滑りに行かなくては、という気分になってくるのだけど、毎日の山歩きで腰やら膝やらがどうにも疲れていてイマイチそんな気分にならない。

 この土日は久しぶりに東京に行ってくる。都内に出ることが1番多かったのは22歳前後の頃だったので、あれやこれやともう10年。

 最近、山中の道路でタヌキが轢かれていた。いつの間にかタヌキは路肩に除けられていて、毎朝そこには鳥が集まっている。タヌキの他にリスやウサギやサルも道路に飛び出してくるので、僕はまぁ初めから轢かないように気を付けている。親ザルの背中に子ザルが乗っているのを見てしまえば、例えサルでも轢くわけにはいきますまい。今日は野良らしきネコを見かけた。奴らはどこで寝ているのだろう。
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「受ける喜びより与える喜び」という研究結果

 今日の夜、娘が熱い味噌汁をひっくり返して両手に熱湯をかぶってしまった。僕は泣き叫ぶ娘の手をつかまえて水道からの流水で冷やし続けるわけですが、娘が泣き叫びながらこのようなことを言うのです。

 「味噌汁こぼしちゃったから、飲むのなくなっちゃったでしょ」と。

 その味噌汁は僕の味噌汁だったのですが、娘はなぜかそれを心配しているようなことを言う。

 娘は2歳7か月。いたずら心と同じぐらいに曇りのなさそうな善意。
 

 そんな騒ぎが落ち着いたらこの記事を思い出したのでコピペします。記事リンク

■「受ける喜びより与える喜び」誰かに何かを分け与える喜びは幼児にも存在する(カナダ研究)

 人間は生まれながらにして社会性を身に着けているようだ。カナダのブリティッシュコロンビア大学、発達心理学者3人によるの最新研究によると、「受ける喜びより、与える喜びの方が大きい」という事実は幼児にもあてはまることが判明した。

 パブリック・ライブラリー・オブ・サイエンス(PLoS One)に掲載された研究論文によると、2歳未満の幼児は、お菓子をもらうことより、与えることの方に喜びを感じるという。さらに、単にお菓子を与えるより、自分の持ち物を分けるときの方が、喜びが高いということもわかった。今回の研究は、幼児が人に与えることに喜びを感じることを示すことが初めて確認されたものだ。

 これは、大人が人を助けるときに満足感を得ることを測定した最近の研究結果を裏付けるものであり、自腹を切っても社会のために貢献しようとする心理の解明にもつながる

 「幼児は本来、自分本位と思われがちですが、実際は、与えることの方に強い幸せを感じるということが観察されました」。共同研究論文の筆頭執筆者ラーラ・アクニン博士は語る。

 研究では、金魚の形のビスケットなどのお菓子を幼児に与え、数分後、ひとつをぬいぐるみに与えるよう促した。さらに、追加のお菓子を幼児に手渡し、ぬいぐるみに与えるよう促した。幼児の反応は録画され、録画をもとに幼児の幸福度を7段階で評価し研究では、金魚の形のビスケットなどのお菓子を幼児に与え、数分後、ひとつをぬいぐるみに与えるよう促した。さらに、追加のお菓子を幼児に手渡し、ぬいぐるみに与えるよう促した。幼児の反応は録画され、録画をもとに幼児の幸福度を7段階で評価した。

 「幼児が自分のお菓子を分け与えることに最大の喜びを感じているということが、最も興味深い結果でした。自分にとって何でもないものを手渡すときより、自分の大切なものを人の利益のために譲るときの方が、幸せを感じるのです」アクニン博士は語った。

 人を助ける行為は自分の喜びにもつながっていく。人間の元来の本質に、「人助けすると自分も幸せになれる」という深層心理が奥深く織り込まれていることを、この研究が裏付けた結果となったようだ。


 研究ゆえに真偽のほどはともかくとしても、こういう話はとても心に良いですね。

 僕自身の思想的な考えでは人は性善説でも性悪説でもどっちでもよいのですが、行動的な考えとしてはやはり善きことをすべき人でありたいと最近は思えるようになりました。
 
 (しかし、素直にこういうことを思えるようになるまで、どうしてこんなに遠回りしなければならないのだろう・・・。)

 娘の両手はすぐに流水で冷やし続けたので今のところは良さそうだけど、ヤケドは少し時間が経過しないと本当の程度がわからないので心配ですね。


 
 
 






『生きるぼくら』と『火口のふたり』

 久々に集中して本を読む。

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 1冊目は原田マハの『生きるぼくら』。

 うーん。引きこもり少年が稲作を通して成長するというテーマ自体は良いのですが、大人の読み物としては少し浅すぎるのでは・・・。この作者自身も稲作をしているとのことで、その感動というか体感をもう伝えたくて仕方がないという気持ちは伝わってくるのですが、それを架空の物語で語ろうとしたために忙しくなり過ぎてしまった気がします。そしてその架空の物語に絶望要因としていじめを描いてしまったのはよろしくない。

 主人公はけっこう過激ないじめを受けてしまっているのですが、そこからの立ち直りが早すぎることに違和感を感じます。いじめの描写が過激なのにもかかわらず、いじめそのものの問題は解決されないので、これは現にいじめを受けている人が読んだらすごく辛いと思います。「そんなんで立ち直れたら苦労しない」と。だったらまだ「自分探しフリーター」的な人物を主人公にした方が良いと思うんですね。挫折した若者たちがサトウキビ刈りで自己を回復していく『深呼吸の必要』なんていう映画がありましたけど、これは登場人物の心の傷が「軽め」に描かれていたせいもあり、とても気持ちがいい物語でした。

 期待していただけに少し残念です。ただ、その心の問題を抜きにすればとても良いコメ啓蒙物語なので、やっぱりというか、うん、それだけに残念です(笑)。

 作者の方はいじめを受けたことがあるのでしょうか。僕は公的な人が簡単にいじめを描いてはいけないと思っているのですが、どうしても描くというならその問題自体に対する精一杯の解決法を提示する必要があると思うのです。


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 2冊目は白石一文の『火口のふたり』。 

 正直、ついに血迷ってしまわれたのかと思った。と同時に、僕が作者のインモラル風な部分を受け入れ難いと思うような常識人になってしまったのかとも思った。

 偏執性愛描写が過去にも増して多すぎるきらいがあったのだけど、最終的にそれをヒロインは否定するわけです。男は完全に双方合意だと思っていた。けど、最後の最後で自分の勘違いに気付く。この瞬間に安堵感を感じるのですが、この作者にはどうにもそういうところがある。良心の塊みたいな物語を非良心的に描く。

 非道徳を装った道徳に好みが分かれるところだと思いますが、書くべきことは書いている。大震災から3年後の話なのですが、ちゃんと書いているわけです。「4号機が倒壊したらそれこそ本当に終わり」だと。

 今回も真剣な物語に息が詰まりそうでした。良くも悪くも。

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 それはそうと、今日はニッセンからコタツが届いた。イスのコタツって初めてなのですが、こりゃ最高。パソコンは使いやすいし、本は読みやすいし。

  

雪と紅葉と

 今朝、車の温度計に表示された外気温は5℃。新潟県は標高も低いし、これからの時期は雲が多くて放射冷却も起こりにくいので最低気温はそんなに下がりません。家の辺りは真冬で-2℃あれば十分に寒い朝と言えます。

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 標高1420mのニ王子岳も半分くらい白くなっていました。やはり昨日は700m以上は雪になったようです。ニノックスのゲレンデも白いです。

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 今日は寒気シグレで晴れたり雨が降ったりみぞれが降ったりの1日。下りのリフトに乗った時に運良く晴れたので携帯で写真を撮る。慣れているので日常風景なのですが、考えてみるとこれが日常風景というのも贅沢な話です。贅沢な気分になるのは晴れているときに限りますが(笑)。


今季1番の寒気と初雪

 今日明日は今季1番の寒気襲来。

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 等圧線の間隔も狭すぎず広すぎずで良い感じです。等圧線の間隔が込み過ぎている時は風が強いわけですが、そうするとせっかくの雪雲が内陸部まで飛んでしまうんですね。そんな時の新潟県は晴れたり吹雪いたりの雪しぐれになって、お隣の福島県ではまとまった雪が降るわけです。

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 850hPa(上空約1500m)気温。下層寒気の図です。平地での雪の目安は地上気温4℃未満、上空1500m気温-6℃以下と言われていますが、この図で見ると-0℃線が深々と日本列島にかかっています。天気図と重ねて見ると、西の高気圧と東の低気圧の間から寒気が流れ込んできているという感覚がよくわかります。

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 500hPa(上空約5000m)気温。上層寒気の図です。あくまでも目安なのでしょうが、この高度で-30℃以下で雪、-36℃以下で大雪と言われます。

 ですので、これからスキー場のシーズンになるとこのような天気予報を毎日チェックするのが楽しみになるわけです(笑)。寒気が強ければ強いほど粉雪になりますし、南からの暖気を巻き込むような時は冬でも雨が降りますし、雪だとしてもビシャビシャの湿り雪だったりします。

 気温は標高が100m上がると約0.6℃下がると言われますので、これも頭に入れておくとゲレンデトップの気温も予想できます。ベースは雨だけど、トップは雪だろうな、とか。

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 というわけで、本日の胎内スキー場は初雪が降りました。標高約600m~700mの場所でリフトの取り付けをしていたのですが、朝の雨がだんだんと白くなってきて、いつの間にか大粒の湿り雪がボサボサと降り出しました。当然ですが標高100m程の下界では完全に雨でした。

 初雪は嬉しいのですが、こんな日に作業をするのはなかなか厳しい。1日中寒い思いをすると、帰宅後の暖かい生活はほとんど天国ですね。風呂、食事、布団のなんとありがたいことか(笑)。そういった意味でも、冬はできる限り家族とも温かい会話がしたい。人数も多いし個々の機嫌もあるので常に上手くはいかないわけですけど、そういう努力を忘れてはいけない。

 寒さは人を少し優しくするような気がします。

 

久々に雨がやむ

 久しぶりに娘とデートをして過ごす。火曜から土曜まで降った雨がやっと上がる。

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 こんな風に育ってもらいたいという願いは一応あるのですが、期待はしないようにしています(笑)。親の生活習慣というか、親の人間性以上の教育なんてできっこないですし、そもそも親の人間性なんてのは教育しなくても勝手にコピーされていくでしょう。

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 蔵の前のモミジ。

 先日、母(奥さまの)の兄が69歳の若さで突然に倒れて亡くなったので、この1週間は少し慌ただしかった。僕も何度もお会いしたことがあって、その度に温かい言葉をかけてくださる気持ちの素晴らしい方だった。
 
 結局はよく言われているように、人は人との関係が世界のすべてなのかもしれないと思う。誰かと確かに何らかの関係で繋がっているということの重大さというか、そういうものを実感として思うことが僕も多くなってきた。

 そして、僕はまだ本当に悲しい経験をしたことがないのだと思った。もっと人の気持ちに寄り添った人間でありたいと思うのだが、僕が理解しようとする悲しみ以上に相手の悲しみが大きかったらどうしたらよいのだろう。

 気持ちを推し量る術はなく、それぞれがそれぞれに固有の感情の海を泳いでいる。それは忘れてはいけないことで、自分勝手に人様の気持ちを普遍化してはいけない。そんなことを考えた1週間だった。

 

【豊作でも高値 矛盾だらけのコメ政策見直せ】(11月5日付・読売社説)

 読売新聞の社説に呆れる。以下転載。 記事リンクはこちら

 【豊作でも高値 矛盾だらけのコメ政策見直せ】(11月5日付・読売社説)

 新米が出回る実りの秋に、コメ政策の矛盾が噴き出している。農業改革は待ったなしだ。

 農林水産省が発表した2012年産米の作況予想は4年ぶりの豊作で、収穫量は約820万トンと需要を20万トン超も上回る見通しだ。

 ところが、コメ余りなのに価格は上昇した。9月の業者間の取引価格は前年より10%程度高い。全国農業協同組合連合会(JA全農)が、農家に払う前渡し金を引き上げたことが要因だ。

 生産地と消費地の直接販売などが増え、全農の集荷量が減少しているため、高値買い取りで影響力維持を狙っているのだろう。

 豊作で高値を招いているのは、「農協の論理」そのものだ。消費者の理解は得られまい。

 一方、需要は十分まかなえるはずなのに、外食店や弁当業者らの使う手頃な価格のコメが不足していることも問題だ。そこで輸入米が注目され、9月の入札では、2・5万トンの販売数量に対して3・6倍の申し込みがあった。

 デフレ定着で安いコメを求める動きは年々強まり、需要の3割を占める外食・弁当産業の価格競争は激しさを増している。輸入米人気は、国産米が市場の低価格志向に応えていない実態を示す。

 米菓や味噌みそなどの原料となる加工用米の品不足も懸念される。家畜のエサとなる飼料用米は急増しているにもかかわらず、加工用米の生産量は増えない。11年産は飼料用が加工用を上回った。

 この結果、加工用米の価格が急騰し、農水省は緊急措置として備蓄米から06年産の古米を約4万トン放出した。異例の事態である。

 飼料用米は10アール当たり8万円の補助金が支給されるが、加工用は2万円だ。管理が楽で多額の補助金がもらえる飼料用米の作付けが増えている事情がうかがえる。

 外国産飼料で育てた牛や豚などの畜産物は国産と見なされず、食料自給率の計算外だ。政府は飼料用米を優遇し、自給率アップを狙っているようだが、加工用米が古米で、家畜のエサは新米というのは理解しがたい。

 今問われているのは、消費者ニーズに応えるコメ政策である。このままでは、消費者のコメ離れも一段と進みかねない。

 政府と農業団体が生産調整と高関税で、コメ価格を高値で維持する体制に根本的な問題がある。

 補助金をばらまく政策では農業の体質強化はできまい。担い手農家に政策を集中するコメ農政への改革を急ぐべきだ。

(2012年11月5日01時29分 読売新聞)


 これは政府と農業団体に対する政治的な話であって、本質的な食糧の話ではない。

 『豊作で高値を招いているのは、「農協の論理」そのものだ。消費者の理解は得られまい。 』とあるが、コメ価格は「農協の論理」ばかりで高値だというのか。そうだというなら些か説得力に欠ける話だと思います。

 僕がコメ生産をしていて感じる限りでは「農協の論理」でコメが高いのではなく、「消費者の倫理」でコメが高い。

 これは「いい物は高くても買いますよ」、「悪い物でも安ければ買いますよ」という消費者中心の自由競争の話をしているのではない。

 どんなに高くても一般的に30キロ1万円弱のコメを『高い』という消費者の驕り高い倫理の話です。

 遊びでなら1万円を平気で使える価値観(僕もそうです)をお持ちの方にコメを『高い』とおっしゃる資格はないのではないか。

 そういう『倫理』の話です。

 今日の農業新聞に興味深い記事が載っていたので一部引用する。

 今年の米国の大干ばつは、トウモロコシ価格を史上最高水準に押し上げた。すでに10年前の2倍になっている食料価格は、一層の値上がりが避けられない。食料余剰の時代は終わり、慢性的な不足時代への移行が加速する。

 世界中で食料をめぐる争いが激しさを増し、石油ではなく食料の確保が各国政府の大きな関心事項となる。

 これからは食料が「石油」で、農地は「金」となる。新しい食料地政学の幕開けだ。

 【極限の空腹状態】

 子供支援を行う国際非営利団体の最近の調査によると、インドで24%、ナイジェリアで27%の世帯が「食事抜き」の日を過ごしている。

 数百万の子供たちが極限の空腹状態におかれ、学校に登校することもできず、肉体・精神的な成長を妨げられている。


 僕は飢えを知りません。空腹は知っているが「飢え」は知らない。 

 泥の上に落ちたおにぎりの泥を落とさずに食べる様な飢えを知らない。

 ちょっと考えればコメの価格が決して『高い』ものではないと思うのです。

 遊べば一瞬の1万円。

 「飢え」の前では論理も倫理も無力です。

 それが日本には訪れないと、一体誰が保証できるというのか。

 

  

 

 

 

帰省と今年初めての雪

 金、土、日と福島県棚倉町に帰省してきました。故郷が隣の県というのはありがたい。片道3時間程度なので小旅行も兼ねれるし、日本海側気候と太平洋側気候という正反対の気候を一気に味わえるので、けっこうな充実度です。

 今回は地震を体験しなくて済むかなと思ったのですが、土曜の朝に揺れました。福島県沖M5.0の規模だったのですが、この頃は新潟で有感地震がほとんどないので久しぶりに地震の恐怖を思い出しました。

 福島の新聞は震災関連の話題が詳細に伝えられており(当然ですが)、全国ニュースとの温度差を毎回ながら感じます。

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 土曜はすぐお隣の栃木県那須町へ出かける。家族で帰省する度に那須に行くことにしているので(近いので)、今回はテディベア・ミュージアムへ行きました。

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 2階で催されているトトロ展が目当てです。

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 これはたまりません。

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 それからトリックアート美術館へ。

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 安達太良山。今日は郡山ジャンクションからそのまま新潟へ向うには惜しい天気なので東北道を直進!

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 福島西インターで降りて磐梯吾妻スカイラインをドライブしました。

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 浄土平の荒涼とした道。何度来ても感動します。

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 吾妻小富士に登ります。気温は3℃くらいでしたが、強風だったので体感は0℃です。金曜の夜に降ったと思われる雪がまだ残っています。

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 スカイラインを裏磐梯方面に下りて猪苗代磐梯高原インターから磐越道へ。磐梯山もよく見えました。

 






晩秋の雨と帰省の準備

 日本海を発達しながら東進する低気圧の影響で午後から雨が降り、時折強く降った。


 
 今日は前線通過と思われる時間帯に雷が鳴った。このような気圧配置のときに雷が鳴ると、大陸から日本に迫る寒気が一波ごとに強くなっているのを実感します。紅葉のピークはこれからですけど、気配はすっかり晩秋です。

 スキー場ではリフトの取り付けをメインに色々と作業をしているのですが、重いものが多いので田んぼ以上に重労働をしている気分になります。まぁ、好きなことをやっているので苦にならないからいいんですけど。ただ、田んぼでも雨合羽を着て仕事をすることはないので(田植えはしますが)、今日みたいな雨降りの日に仕事をするのは苦手です。滑るし。

 明日はまだ金曜なのですがスキー場はお休みして、奥さまと娘を連れて福島の実家に2泊3日の帰省をしてきます。新米を届けるついでに孫の顔を見せてやるという名目なのですが、やっぱり自分が故郷の風景を見たいというのが本音です(笑)。

 僕の母方の曽祖父は茨城の山奥にある実家を出てからというもの一度も実家に帰ることはなかったらしいのですが、それにはどのような思いがあったのかと最近よく考えるようになりました。昔はそれが当たり前で、そこに特別な潔さみたいなものはないのかもしれませんが、単身で他の土地からやってきた曽祖父の存在は僕に勇気のようなものを与えてくれています。

 僕が生まれた時にはもう亡くなっていたので会ったことはないのですが。  
 
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