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稲作専業農家の素敵な日々

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苗箱の土つめとあぜ塗りすること

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 1回目に種まきする分の苗箱に土をつめる。夫婦でペチャクチャペチャクチャと、それはもう仲がよろしいことで。娘が手伝いたいというので空箱投入係をやらせる。すぐに飽きていなくなりましたが。

 午前中と午後小一時間で800枚ばかり作って終了。パレットに積んでハウスに入れて、土が乾かないようにブルーシートをかけておく。


 それからあぜ塗りに出る。

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 昨日の大雨で田んぼはどこも水浸し。田んぼに入るような状態ではないのだが、明日から3日晴れて3日雨の予報なのでこの晴れのうちに強行してしまうしかない。ということで、とりあえずは地浅の乾田を何か所か回る。

 今年の春のトラクター作業は苦戦しそうだ。
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苗箱を出すこと

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 庭の梅の花が咲いていた。


 終日雨が降る。昨日トラクターにつけたあぜ塗り機の配線をつないでなかったのでつなぐ。それからユニバーサルジョイントなどにグリスを入れる。

 明日は苗箱に土をつめる予定なので、作業場の奥から苗箱を出してくる。作業場といっても昔は厩だった場所なので狭い。その狭い場所に天井いっぱい積んでしまうので取るのも一苦労。広くて高いフルフラットの小屋に憧れます。


 午後はダラダラ。トラクターの室内を快適にしたいので100円ショップに行って色々と買う。帰ってきてからトラクターにこもって工作。


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 『禁じられた遊び』がすっかり弾けなくなってしまった。弾けた曲が弾けなくなるのは悲しいので練習し直すことに。しかし指が器用に動かないし、集中力も続かない。まぁ、気長に再チャレンジです。


田んぼを見て回ることなど

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 残雪の五頭山。今年は雪解けが早い。田んぼの雪はとうに消えているのだが、去年の秋にコンバインで荒らしてしまった場所はとても乾く気がしない。

 全部の田んぼを見て回り、あぜ塗りに入る順番を何となくイメージする。乾いていても乾いていなくても結局は同じことなのだが。


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 ひい婆さん(娘にとって)の畑に遊びに行く。この春から娘は保育園に通うので、奥さまが通園送迎用にママチャリを買った。まぁ、娘を後ろに乗せて喜んでるのは僕なのです。

 すっかり春めいてしまって、つくしやらオオイヌノフグリやらがピョコピョコと。


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 田んぼをひと回りして帰ると娘がシャボン玉を飛ばしていた。僕自身は童心ばっかりで生活している気でいるのだが、いざ子供を前にすると本当の童心など大人にはあり得ないものなのではないかと思ってしまう。


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 冬季湛水していた田んぼの畦畔が完全に崩壊していた。 父が「また白鳥にやられた~」とは言っていたのだが、まさかここまで見事にやられていたとは。(笑)


 そんなわけで今年も田んぼ生活が始まりました。心機一転でブログのテンプレートも変えてみました。大きい写真だと雰囲気が出るんではないかと。


息子が歩きそうなこと

 山陰にわずかに残る雪を見て、人知れず積もっては融けてゆく様を思った。

 もうすぐ1歳になる息子は今にも歩きそうで、つかまり立ちをしては手を離し、自分の力だけで立ちながら嬉しそうにこちらを見る。

 立って歩けなどと誰も教えてはいないのに。

 まるで自分にも全うすべき役目というものがあるような気分だ。


 

そしてまた春がやってくる

 スキー場の営業も次の日曜で終わる。この規則正しい定まった生活も丸6年が過ぎてしまったのだ。この6年間のことはよく思い出せるが、その前の6年間のことは何が何だか。それが自分の生活だったと思えないほどに僕は落ち着いた。そのうちに生まれた場所も暮らした場所も忘れてしまいそうだ。

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 庭先は雪がすっかりなくなってしまった。

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 でも、車で30分も行けばまだまだ雪原。


夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
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 数日かけて『夜と霧』を読了。20歳の頃にも図書館で読んだのだ。もちろん当時も感銘を受けたし、今回も感銘を受けた。しかしだ、この究極のヒューマニズムが自分の生活に反映されないことを思うと、一体人は何のために学ぶのだろうかと思ってしまう。

 一部抜粋してみる。

【精神の自由】

 長らく収容所に入れられている人間の典型的な特徴を心理学の観点から記述し、精神病理学の立場で解明しようというこの試みは、人間の魂は結局、環境によっていやおうなく規定される、例えば強制収容所の心理学なら、収容所生活が特異な社会環境として人間の行動を強制的な型にはめる、との印象をあたえるかもしれない。

 しかし、これには異議がありうる。反問もありうる。では、人間の自由はどこにあるのだ、あたえられた環境条件にたいしてどうふるまうのかという、精神の自由はないのか、と。人間は、生物学的、心理学的、社会学的と、なんであれさまざまな制約や条件の産物でしかないというのは本当か、すなわち、人間は体質や性質や社会的状況がおりなす偶然の産物以外のなにものでもないのか、と。そしてとりわけ、人間の精神が収容所という特異な社会環境に反応するとき、ほんとうにこの強いられたあり方の影響をまぬがれることはできないのか、このような影響には屈するしかないのか、収容所を支配していた生存状況では、「ほかにどうしようもなかったのか」と。

 こうした疑問にたいしては、経験をふまえ、また理論にてらして答える用意がある。経験からすると、収容所生活そのものが、人間には「ほかのありようがあった」ことを示している。その例ならいくらでもある。感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういったことはあったのだ。

 強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべても奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。



 また、こうも書いている。

私たちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ。




 そしてまた春がやってくる。何事も繰り返しではないということをそろそろ真剣に学ばなくてはいけない。

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