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稲作専業農家の素敵な日々

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草刈りすることなど

 晴れ。暑い。2リットルのペットボトルにアイスミントティーを作って持ち歩く。

 子供の具合が悪いので今日も診察の整理券を取りに行く。田んぼの中に除草剤を入れて、それから草刈り。夜は消防。消防から帰ってきて書いているところ。

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 昨日、用水路でザリガニを見つけた。僕の田舎でも昔はどこにでもいましたが、今は用水路もコンクリ化しているのでそういうところに生き物はいないんですね。今どきの農家は水だの自然だの緑など立派なことを言いますが、仕事的には当然コンクリ水路の方が良いのです。我が家は大規模化の方向性なので畦畔に薬剤を振りまくって草も生えなくして、自然環境など無視した合理的経営をすれば本当は良いのかもしれませんが、しかし、本当にそれでよいのか?

 だから、収入のための合理的仕事をする田んぼ(コメなんて安価な品物は気が遠くなるくらい沢山生産しないと、人並みの生活をする収入が得られないわけです。機械は高いし。)と、自然環境を愛でるための田んぼを別々に考えてなくてははならないのではないか。

 うーん。分からない。僕自身もコメを作っていてコメのありがたみすら分からないのだ。商品価値としてもコメの価値など食糧難にならなければ分からない。確かに我が家のコシヒカリは減農薬・減化学肥料栽培をしているけれど、今ではそれが標準なのではないか。少なくともコメの農薬と化学肥料なんて、日頃食材でお世話になっている添加物に比べれば大したことないのではないか。

 だから、コメに付加価値を付けるには「物語」しかない。「誰」がどのような「自然」の中で、どのようにコメを作っているのかを知り、消費者は「私は私の価値観でそのコメを選んでいるのだ」という優越を得られる物語。

 僕はいつか経営者として、お客様に僕のコメを食べる価値があるのだ(もしくはあるようにみせる)という物語を創造しなければならないのだ。いや、それは容易でないわい。

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 この連日の高温で水持ち(水の縦や横への浸透が少なく、入れた水が減らないこと)の良い田んぼはアオミドロ発生中。別にこうなったからどうなるというわけでもないのですが、地中も酸欠状態なので水を入れ替えなさいという指導があります。初期生育にも良くないし。なので、この腐った水は排水してしまいます。でも、この大量のアオミドロは河川に流れてどうなるのだろうか。河川は有機物よる栄養過多になるのか、それとも分解されて海へ出て循環するだけなのか。

 農家はキレイなことをいうけれど、高価で大きな農業機械に乗るわけです。その農機具を作る工場では化学廃棄物が沢山出るわけです。農家というのは科学的に汚い部分は人任せ。自分は命に対して根源的なことをやっていると思ってしまう。そんなことなどないのだ。

 ただ、外に出て風を感じて仕事ができるので、何となくナウシカになったような気分になってしまうのだ。僕だってまるで毎日を風の谷で過ごしている気分になってしまうのだ。

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祭り休みと水回りと

 28日 (水) 晴れ。暑い。全国的に暑いようだ。

 昨夜しこたま飲んだので軽く二日酔い。子供が二人とも具合が悪いので7時から医者の整理券を取りに行く。運転するには少し気持ち悪いのだが、昨夜からかけっぱなしの田んぼも見に行かないといけないので、潔く7時に出る。

 それから朝食を食べて、少し横になる。11時まで寝てしまう。これはイカンと思い、整理券を取りに行くついでに水をかけた田んぼの水を止めに行く。着替えて外に出たら、母が呆れたような怒ったような声で「今日は休みの日だよ」という。さすがに少しイラッとして「水止めに行くんだよ」と言い返す。祭りだろうが葬式だろうが出した水は止めなきゃいけない(笑)。

 特に娘の具合が悪いので午後は一緒に昼寝をする。が、娘は寝ずに僕だけが寝てしまう。気づけば15時だ。せっかくなので定期購読しているジャズの本と地球の本を取りに本屋に行く。本屋に行くついでに何枚か小さい田んぼに寄って水を入れて、帰りに止める。隣や隣の隣の集落の田んぼなので身内に見つかることもあるまい。ふふふ。

 夜になって娘の熱が39℃も出たので、消防の外出はやめる。昼寝をしたので夜はなかなか寝付けず、中途半端な休日が過ぎていった。

 
 29日 (木) 晴れ。暑い。

 今日は息子の方が具合が悪いようだ。ウチは奥さまが家にいるから良いのだが、共働きだったらてんやわんやだろう。核家族には核家族の自由とリスクが、大家族には大家族の不自由と助け合いがあるのだ。

 しかし、自由とは何だろう。尾崎豊的な自由だろうか。たぶん、誰だって自由なのだ。僕は全身全霊で自由な気がするな(笑)。

 午前一番で田んぼに除草剤を投げ入れてから、あとは終日水回り。昨日一日放棄したので、どこもかしこも水がなくなっている。水をかけるのはいいのだが、同じ数だけ止めに回るのでもうそれだけで1日が終わってしまう。

 夜は消防に出かける。帰りに水を止めて帰る。夜の田んぼ道に車で入るのは怖い。路肩の水路に落ちそうで怖い。しかも、どのくらい水が入っているか見えない(笑)。とはいえ、土水路だと上の人が水を使っているときは使えないので、かけられるときにかけるしかない。かといって、よその集落の水路を夜中せき止めするわけにはいかないので、夜でも水を止めに行くわけです。だから消防の外出があると都合がいい。ただ、別にそれを明日にしても何の問題もないのだが。


 昨夜、今夜とフェイレイを聴く。恋愛から学んだ教訓で人間性は形成されるのではないか。いや、そんな気がしてきたぞ。妻に感謝できない人が他の人に感謝などできるはずもないのだ。恥ずかしくて口に出せないなどもってのほかで、だとするなら恥ずかしがり屋の亭主関白(死語)が外で口走ることなど、ほとんど社交辞令の美辞麗句なのではないか。

 なんて、そんなことは誰にもわからない。人の数だけ恋があり、恋の数だけ愛がある。愛は何かと理解できたなら、もう誰も歌わないし、もう誰も歌を聴かないだろう。

 この世には恋も愛もあるのだと、そう思える気がする夜にはフェイレイの音楽がよく似合う。
 

村の祭りなど

 村と言うのは集落のことなのだが、21世紀だとしても人類が宇宙に出たとしても、やはり「ムラ社会」は健在なのだ。ましてや今年は父が区長。区長というのは大変なのだ。人は当然1人で生きることはできないので、最小限のコミュニティというものがある。それは家族かもしれないし、会社かもしれないし、SNSかもしれないし、集落単位の「ムラ」」なのかもしれない。

 そんなわけで今日は集落の宵宮。集落の神社の祭り。夕方に子供たちが神輿を担いで、夜は神社に夜店が出て、集落の人々がお参りに出て、消防団は夜警と言う名目で飲み会。もちろん夜警もするのだが。

 神社に行くと、区長の父があれやこれやと気を利かせて頑張っている。

 僕たちは行き過ぎた個人主義のあまりに途方もない妄想に生きてしまっていて、最低限の為すべき努力を軽視しすぎてしまっているのではないか。それが実際には本質的な問題でないとしても。では一体我々の本質とはなんだろう。僕だって超個人的な引きこもりワールドに生きていたいという欲求はあるのだ。

 ま、今日の日中は水回りのち草刈り。

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 今年はカラスノエンドウの群生が激しい気がする。除草剤の耐性で雑草も年々強力になってきているのではないか。強いものが生き残るのは自然の摂理だとするならば、一体人類はどれほど強いのだろう。

 いや、しこたま飲んで帰ってもう日付をまたいでしまった。

水回りと草刈りと

 25日 (日) 晴れ。

 目覚ましアラームは4時15分のままなのだが、気が抜けてさっぱり起きれない。やはり労働時間で仕事量をこなそうという発想が間違っている。確かに早朝は何物にも代え難い気持ち良さがあるのだが・・・。朝日を浴び続ければ僕も少しは生産的な人間になれるだろうか。

 終日水回り。

 夜は田植えが終わったお疲れ会。これを『さなぶり』と言う。そこそこのお寿司を食べる。しかし、僕のテンションが全く上がらない。なんだかなぁ。


 26日 (月) 曇りのち夕方前から雨。

 水回りして、それから草刈り。

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 畦畔の雑草。この地の人々はこれくらいで「草ぼーぼー」だと騒ぐんだから、なんだかなぁ。お借りする前は除草剤漬けで草も生えていない畦畔で、歩くと崩れたのですが、もうジャンプしても大丈夫です。

 しかし、こうして緑の畦畔の草刈りと言う非効率な重労働をしていると、この景観のために田んぼをやっているのではないかと思えてくるから不思議だ。驚いたカエルやヘビが慌てて田んぼや水路に逃げていったり、長く伸びた草の先端が水路に泳いでいるのを見ると、改めて除草剤を使う気にならなくなってくる。もっともほとんどの田んぼはコンクリ水路なので何の色気もないのですが。それに草刈りばかりでは間に合わないので除草剤使います。父が。僕は除草剤の臭いが好きではないので、父に使ってもらうというしたたかさ(笑)。

 除草剤と抑草剤をブレンドして使えばしばらくは草も生えてこないし、虫も発生しないし、楽なのはわかるのだが、畦畔の草刈りをしない田んぼって本当にどうでもよくなってくるんです。畦畔の草が生えていない田んぼは見ていて何の可愛げもない。薬で根が刈れてボロボロになった土は歩くと崩れて、「楽だけど面白くない」というモチベーションの低下を招きます。(笑)

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 夕方から使っていない畑の草刈りをする。何年か前に父がレンゲを持ってきて適当に植えたら増えました。これも除草剤で真っ赤にするには惜しいし、そこそこ人通りもあるので雰囲気作りのために毎年刈り払い機で手刈りしている。レンゲを残して周りの草を刈る。ついでに土地改良区管理だという隅っこの余り地も勝手に刈る。毎回勝手に刈っている(笑)。

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 小雨の中の草刈りは気持ちがよい。刈った草から沸いてくる青い匂いの懐かしいこと。


 

田植えが終わること

 晴れ。暑い1日。

 残り9反程を父と母が田植えに出て、今年の田植えも無事に終わる。田植え自体は田植え機が植えてくれるので楽なわけですが、春は田植えに至るまでの全ての準備作業が重なるので忙しいのです。何とかならないものか。

 例えば、苗を外注にした場合、1枚750円として約4000枚=300万円の経費がかかるわけですが、代わりにハウスの補修・新築が不要になる。

 田植えを外注にした場合、1反あたり5000円として23町分だとすると115万円かかるけれど、1台400万円の機械を買わなくてよいのです。

 そんなことを考えると、やはり自分たちで全部やった方が大変だけど楽しい気がする(笑)。全工程を作業するという仕事の喜びというのもあるわけです。 結局そうなると、耕起の段階から条件に応じた砕土をして、確実に1回代かきで済ます田んぼを決めるとか、田植えも隅で切り返さないで縦の畦畔から横の畦畔に向かって曲線植えしてしまうかとか、作業面での効率的変化が必要なのではないか。毎日4時に起きれば問題なしというのでは問題だらけなのだ。

 そんなこんなで父と母が田植えしてくれたので午前中はこの辺では水回りと呼んでいる田回りに出る。ここ数日まとまった雨が降ったから田んぼには水が溜まっていたけれど、植えた田んぼを見に行く余裕がないという状況はよろしくないなぁ。それこそ毎日4時に起きればよいわけだが。

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 一昨日の写真。歩み板を出したり洗ったりしていては田植えもはかどるはずがないという(笑)。機械は進化してもほ場区画や用水の便は50年前から変わらないところも沢山あります。細かい田んぼはもうこの先のことを考えると耕作放棄予定地のようなもので、それをいかに維持管理していくか。課題でございますねぇ。

 いやはや。午後からは皆が忙しいので娘を体操教室に連れて行く。夕方は草刈り。
 

田植え

 22日 (木) 雨

 午前中は代かきをし、午後から田植えに出る。防水ウィンドブレーカーでは染みてしまうので高機能のレインウェアが欲しくなる。しかし、そうなると雨の日でも外に出るのが当たり前になってしまうではないか。雨の日に休まずに草刈りでもすれば仕事がはかどるわけだが、それもどうなのか。

 うーん、疲れとの向き合い方がわからない業界だ。(笑)


 23日 (金) 小雨。

 田植えに出る。明日は父と母で田植えに出るというのだが、ついに明日で終わるのではないか。

 夜は久しぶりに消防に出る。

終日田植え

 終日雨。早朝は1人田植え。娘が保育園に行っている間、奥さまが苗運びをしてくれる。

 今日は今年からお借りした田んぼを植えたのだが、田んぼのクセが分からないので色々と手間取る。何枚か深い田んぼがあって、植え終わったあとに出れなくなる。後輪が土をかいてしまって、斜め45度のままいつまでも出れない。仕切り直してちょいバックして、掘ったタイヤ跡をかわして脱出する。

 田植え機はリヤが重いので、下手をするとそのまま後ろに宙返りしそうになるわけです。なので、奥さまに前に乗ってもらって身を乗り出してもらい、少しでもフロント荷重にしてそーっと登る。僕も立ったまま出来るだけ前に乗って前進ギアを入れるのですが、ひっくり返ったらいつでも遠くに飛べるように身構えてます。どうしてこんなに命がけで小さな田んぼに入らなくてはならないのかという(笑)。

 久しぶりに恐怖を味わったので午後からはアルミの歩み板を持って行き、深い田んぼは板を使って脱出する。

 午後から本降りで、奥さまは娘の迎えで帰ってしまい、ほとんど土砂降りの中田植え機に乗る。それでも1町5反ほど植えることが出来たので、まぁ雨天強行して良かったのです。

 昨夜は娘の寝返りキックを食らい続けてあまり眠れなかった。きっとこのような日々が1番幸せな時期だったと、後から後から死ぬまで思い出すのだろう。

代かきすることと、こだわりなど捨ててしまえと思うこと

 19日 (月) 晴れ

 朝からやり直し代かきをする。水が全面に行き渡り、風も乾いた方が風下になっているのでやりやすい。

 また細かい田んぼが続く。はかどらない。ザルの田んぼもあり、父がロータリーで深々と練ってくれて、それからドライブハローをかけたり、手間ばかりがかかる。手間と米価は比例しない。大きな田んぼをさっさと終わらせることが重要なのであって、小さな田んぼで職人技を披露することは本当に自己満足でしかないのだ。それもまた因果応報というか、「丁寧にやっておけば後で自分が楽なのだ」という理由をつけたりするものだから、まったく、何とも、いやはや。

 僕もキチッとした仕事をしたいけれど、それは自分の寿命を縮めるだけではないかと思い始めてきた。

 それどころではないので消防は休む。


 20日 (火) 曇り。

 8時前まで寝てしまう。いや、8時まで寝てしまうとは何か月ぶりだろう。考えてみればもう50日以上も働きづめじゃないか。そんなものだと思えばそんなものなのだが、やはり人並みに疲れがたまる。慌てて起きて地上波の8時からの「花子とアン」を見る。やはりBS3の7時半からの方を観ないと調子が悪い。

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 自分でやっておいて言うのも変なのだが、こういう直角水平で折り目正しい代かきをする必要などないのではないか。この「こだわり」に仕事の楽しみがあるといえばそうかもしれないけど、それは時に見栄やプライド、虚栄心と紙一重なのではないか。「あいつの代かきは下手だ」とか、「いっぱいやってると忙しそうで雑だね」とか思われたくないとか、そう気持ちがあるのもまた本当なのだ。

 新潟の方言に「おおばら」という言葉があって、「散らかしている」という意味なのだが、これがまた都合よく使われまくるのだ。自分のゴチャゴチャした仕事を前にして、「いやー、ほんに(本当に)おおばらで申し訳ねぇ」みたいな。この「本当はキレイにしておきたいんだけど」っていうニュアンスに気持ちの悪さを感じてしまう。

 そう思いながらも、僕は田植え機を真っ直ぐに走らせようとするのだ。(笑)



久しぶりに田植え機に乗ること

 早朝に小雨がぱらつくも次第に回復し、午後からは晴れる。西風が強い。

 失敗代かき田んぼをやり直すために4時半に起きる。少し肌寒い。
 1枚で8反半の田んぼなので7時までには終わるだろう。終わるはずだったのだが、風上側の枕地が風ですっかり乾いてしまっていた。タイヤの跡がバリバリに割れて消えない。何とかならないものかと思い、水路からゴミ袋に水をくんで田んぼにかける。10回くらいかけてバカバカしくなってきたのでやめる。(笑)
 水をかけて浸して、明日やり直し。


 父が葬式にかかってしまったので、朝食後から終日田植えに出る。指の調子もいい。母が苗運びをしてくれる。
 5反の田んぼ2枚に、1町3反の田んぼ1枚を植える。大区画だとゆっくり植えてもこれだけ植えることができる。圃場整備を実現させた先人たちに感謝です。ありがたい。

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 母が先に帰る時に「半端でも早く帰ってきなさいよ」とダメ出しされるも、どうにも苗が足りそうなので全部植えてしまう。空が明るくて気付かなかったのだが、時計を見るともう19時前じゃないか。畦畔に投げっぱなしの苗箱を片付けたりで結局19時を過ぎてしまう。いやはや。



 昨夜TMをカバーしている方の動画を見つけたのだが、これがなかなか素晴らしい。中学生の頃、それはもう全曲歌えるくらいTMが好きだったのだが、こうして改めて聴いてみても(カバーだけど)、まるで初恋リバイバルなトキメキを感じる。

 あの日憧れた届かないような曖昧な何かは、今つかんでいる何かなのだろうか。

 

代かきすること

 15日 (木) 夕方から雨風強くなる。

 次の代かき水をみながら代かき。ひとまず細かい田んぼ50連続(くらい)が終わり、最新式の圃場整備の田んぼに辿り着く。蛇口を回せばポンプ不要の自然圧の水が出るし、縦に入った塩ビ管を上げ下げすれば水位の調整も手を汚さずにできる。これがどれだけ素晴らしいことか。このような田んぼの集積・集約が未来の大規模経営のあるべき姿なのだが、そんなにうまい話はない。1ha区画30枚なら誰だって田んぼをやるだろう。

 夕方から風雨で消防は休みになる。しめしめと思って暗くなるまでウロウロしていたら、奥さまから心配の電話が来る。さっさと帰れと自分でも思うのだが、なかなか。


 16日 (金) 暴風の1日。

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 大きい田んぼは風で水が極端に寄るので少し多めの水で代かきをする。水が少なすぎると風上の水がさっぱりなくなってしまうのだ。そうなると乾いてしまってターン跡は消えないし、田面は割れるし、イライラするし。(笑)

 暴風で寒いので消防は休む。それとも休みになったのだろうか。


 17日 (土) 曇りで夕方に雨。

 終日代かき。夕方に明日田植えをする田んぼを見に行ったのだが、これがとっても植える気にならない田面状況。おとといの夕方にかいた代(しろ)なのだが、1回代かきで済ませようと思ってしまったのが悪かった。大雨で田んぼは湖になってしまい、それでも強行したものだから、もうゴチャゴチャ。暴風で隅に寄った大量の浮きワラを上げていたら19時過ぎてしまい、また奥さまから電話が来る。

 普段はガボガボ水で代かきなどしないし、横着して極端な1回代かきもしないのだが、ついついやってしまった。明日の朝さーっとトラクターで走って仕上げをしよう。貸し主の家の目の前の田んぼなのに、さすがにこのまま植えては仕事として恥ずかしいというか何というか。

 父と母が田植えをしているのだが、母が疲れてきたようだ。

 
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 若田さんが「地球はかけがえのないふるさとです」とおっしゃっていたそうで、そのニュースをトラクターのラジオで聴いていたら涙が出そうになる。宇宙から見た地球の姿以上の芸術など存在しないのではないか。この漆黒に浮かぶ青がとても真実のものだとは思えない。いや、生まれてよかったわい。

 集団的自衛権もだいぶ騒いでいるようだ。それが歴史だというならならそれもゆく道。スーダンでイスラム教からキリスト教に改宗した妊婦が死刑を宣告されたようだが、そのような国もあるのだ。

 争いのない星があるならば、それはどのように統治されているのか。どの星でも争いがあり、悩みがあるというのなら、まぁ高度な知的生命とはそういうものだと思って諦めよう。とにかく地球は青いのだ。それを知っているだけで46億年生きた気分になる。
 

代かきすること

 13日 (火) 晴れ。風が強い 。

 5時前に起きて代かきに出る。仕事と思えばそんなもので、休みたいと思えばそれまでで、朝日を浴びて1日の始まりを体感しているのだと思えば気分がよく、しかしまぁ、人並みに少し疲れるわけです。どうにかならないものだろうか。

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 夕方になると西日が眩しい。期間を通して自分で丁寧に代かきをして自分で丁寧に植えるという仕事をしてみたいが、それでは稲作専業で食べていけないので、やはり効率的に分業して作業をせざるを得ない。数回くらいはそういう余裕のある作業ができる時もあるので、そういう気持ちで植えた田んぼは後で見ていても充実感があるのです。

 仕事というのはどういうわけか対価としての現金だけが答えなわけでもない。まぁ、そこに自分が熱中する意義を見出せればの話ではありますが。僕はまだ本当に見出してない気がするなぁ。見出せずに終わっても、それもまた道。そしたらボブ・ディランでも聴けばいい。

 夜は消防。帰宅したら22時だった。


 14日 (木) 晴れ。暑い1日。

 とっても起きられない。7時まで寝てしまう。『花子とアン』を見てから外に出る。終日代かき。

 夜は消防。隣集落の消防小屋に集合するのだが、消防小屋の目の前に次に代かきする田んぼが何枚かあるので、帰りに水のかかり具合を見てから帰る。ついでに明日代かきする田んぼの水具合も見る。夜にわざわざ様子を見に行く気にはならないが、出かけたついでならなんのその。これなら消防も悪くない。(笑)

  

代かきと消防団の研修と

 11日 (月) 晴れていたのではないか。

 昨日の天気も思い出せなくなってきた。晴れていたと思う。

 5時前に起きて代かきする。深い田んぼなので旋回したくない。旋回したくないので低速1回代かきで済ます。1回で済ますには起こし方が荒いので0.8kmの超低速なのだが、これがまた気が遠くなりそうな遅さなのだ。途中で嫌になって高速2回代かきしてしまいたくなる。

 午前中は消防団の新人研修。右ならえとか救急救命とか。というわけで今更ながら消防団に入ることにしたわけです。自営業者として田舎の集落で生きていかなくてはならないこれからのことを考えると、まぁ機会あるうちに入っておくべきだと、そういう考えです。この地域に住んで6年になるし、知っている人もたくさんいるので特に抵抗もないなと、やっと気持ちがそういうところまできました。

 始めは奥さまの家にも慣れない、言葉にも慣れない、地域性にも慣れない、農業にも慣れない、しかも友達もいないという状況だったので消防団の誘いも断ったのですが、本当にあの頃は余裕がなかったなと。こっちにきてスキー場で働かせてもらって、皆に優しくしてもらって、それでまぁ何とか気持ちを保っていたのですが、農業の方でも青年農業士の認定を受けたり、JAの青年部に入ったりで本業の仲間もできて、夏場も気持ちを保つことができるようになりました。僕はいわば「よそ者」なのですが、こうして誰かが声をかけてくれるというのは本当にありがたいことなのです。

 午後は代かき。土水路の水をみながらなのではかどらない。

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 2階のベランダから外を見ると、夕陽に照らされて佐渡の山影が浮かび上がっているのが見えた。生命や宇宙の正体が何であれ、1日という単位を死ぬまで繰り返すだけの命でしかないのだなと。しかし、ただそれだけでしかないということのかけがえのなさ。生まれなければよかったとは到底思えないのだ。


 12日 (火) 晴れのち曇り。夕方に小雨がパラつく。

 4時15分の目覚ましアラームで起きたのだが、起きる気になれなくて7時まで寝てしまう。その間にも父は3反植えていたようだ。僕は父のようには働けないのだ。早起きに苦痛は感じなくなったけれど、休みなく何が何でも毎日5時に起きることができない。

 8時から外に出るのだが、朝起きていればとっくに終わっていたことをこれからやるのかと思うだけでイライラしてくる。いやはや。土水路の堰を止めたり、崩壊した畦畔を直していると、なかなかトラクターまでたどり着けない。

 夕方まで代かきをし、これから代かきするあちこちの田んぼの水を止めて帰る。

 夕食後は消防団。大会に向けての練習の応援。隣集落の消防小屋に集合したのだが、その消防小屋は借りている田んぼのすぐ近くなので田んぼ道に車を止める。田んぼ生活のおかげであちこちの集落に縁があるので色々と助かる。

 21時帰宅。奥さまが息子を寝かし付ける間、娘が僕の部屋で1人で字の練習やら英語の教材やらで遊んでいる。大人は大人なりに、子供は子供なりに色々と活動しているのだ。指の痛みが軽くなってきたので嬉しい。









田植えと代かきと

 9日 (金) 曇りベース、夕方に雨。

 寝過ごしてしまい6時前に出る。トラクターに乗るには半端なので木材とノコギリを持って排水の堰板を作り、それから植えた田んぼの見回り。 

 終日代かき。父と母が田植え。去年に歩行田植え機で植えた田んぼを今年は父が歩行で植えた。何十年ぶりだというが、植え跡を見に行ったらさすがに上手だった。

 去年からお借りしている地区にザル田が何枚かあって、去年は田んぼのクセも分からないのでサーッと代かきしたのだが、やはり極端に水持ちが悪いので今年はしつこいくらいに代かきをした。ハロー爪を盤に当たるくらいに深く入れて低速で練り込む。ほとんど砂みたいな土なので、少しでも水が浸透していないとあっという間に乾いてしまうのだ。さて、今年はどうなるやら。

 
 10日 (土) 晴れ

 昨夜は暴風だった。明け方冷え込んだせいもあって布団から出れない。あぁ、もういいやという気分になって7時少し過ぎまでうたた寝する。まるで本当に土曜日のような気分だ。そして少しばかり後悔する。4時に起きればもっと色々できるのに。

 昨日の夕方に入っていたザル田の代かきを半端にしておいたのだが、行ったらすでに居付いて固まっている。こりゃたまらん。しかも乾いた方が風上で水口からも1番遠いという最悪パターン。何度代かきしても構わないザル田なので、水があるほうから水がない方へ代かきして水を押し、バリバリに乾いた面に少しずつハローを当てていく。あっちからもこっちからも攻めて、全部に水が行き渡ったら、1度目に深く全層練って、2度目にやや深目で整地して、3度目に浅目で仕上げる。2反もない田んぼに午前中いっぱい使ってしまう。

 違う地区に移動するので、ついでにトラクターで家に帰ってきて洗車。

 田植え後半戦はしばらく土水路ばかり。土のう袋とスコップを持って水を入れに回ってから、それから代かき。

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 夕方、田んぼにトラクターを置いて、水をかけっぱなしの田んぼを歩いて見て回り、家まで歩いて帰る。遠いのでトラクターを降りてから1時間も歩く。

田植えと代かきと

 7日(水) 晴れ

 5時前に起きて代かきに出る。前の日の最後が3反の田んぼ2枚続きだったのだが、もう日も傾いてきたので、はて1枚だけでも仕上げてしまうか、それとも2枚とも荒代だけかいて翌朝に仕上げようかと迷い、水加減の都合で2枚とも荒代をかくだけにする。で、早朝に仕上げというわけ。

 午前中は通院。午後から違う地区に移動して代かき。父と母は田植え。

 少ない水で荒代をかくと稲わらや雑草の鋤き込みはよいのだが、その後の土の固まりも早いので、カンカン照りの日中に浅水で放置しておくと田面の高い所が乾いてカチカチになってしまうわけです。なので、浅水荒代は日が沈む夕方やっておくと、翌朝まで急激に乾くこともないのでやりやすいのです。まぁ、細かい田んぼは荒代と植代の日を分けずに1度で2度がきしてしまうのですが。

 荒代はハローのカバーが土を抱かずに処理できるところまで深くして粗めに全層砕土するイメージで、植代は爪の先端が田面をパチャパチャ叩く程度の深さで表層だけトロトロにするイメージでやってますが、シーズンに1回くらいしか納得のいく仕事ができないという。(笑)

 去年はPTO1速を450回転くらいまで落としてやっていたのですが、それでは砕土不十分な気がしてきたので、今年はPTO2速を550~600回転まで落としてやっています。これだと作業時のエンジン回転は1900回転くらい。ここまで落とすとエンジンも静かだし、燃費も半分。ハローの説明書にも「1速PTO540回転が基本だが、2速でエンジン2000回転程度も有効」と書いてあったので、機械的な負荷も大丈夫なのだろう。あまりに快適なので代かきでエンジン2500回転回す気にならないのだが、結局はロータリーの砕土具合と水加減が1番重要なのです。


 8日(木) 晴れ。眩しいくらい。偏光サングラス大事です。

 5時前に起きて田植えした田んぼを見て回ってから代かきへ。ギリギリの浅水を狙ったら途中で水が足りずにボソボソになったり、まぁ色々。父と母は田植え。

 指の包帯は取れたけどまだ傷口回りと関節が痛い。田植え機に乗るにはまだ厳しい。


 早朝のラジオからニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』が流れてくる。



 国破れて山河ありというところだろうか。僕はまだゴールドラッシュの真っ最中なのだが。




 



 

種まきと出かけることと田植えと代かきと

 4日(日) 晴れ

 最後の種まきをする。夕方に代かきに出る。


 5日(月) 曇りのち雨

 午前中は救急外来で指の怪我の処置をしてもらう。それから子供の日なので家族で出かける。4月は結局休まなかったので、こうして丸1日仕事をしない日というものが新鮮というか落ち着かないというか。まぁ、農民根性ですな。困ったものだ。

 みなとランドの遊具で遊び、雨が降ってきたので車でお弁当を食べ、それから自然科学館に行く。夕飯は娘の希望で回転寿司。といっても普段は生ものはイクラしか食べさせない。昨日は甘えびも食べていた。幼児は生もので食中毒になりやすいようなので、無理に寿司を食べさせる必要はないと思う。僕は回転寿司が美味しいとは思わないけれど、家族で行く回転寿司は楽しい。

 左ひざが痛い。指をかばいながら苗箱を持ったからか。


 6日(火) 晴れ。

 朝から代かきに出る。父と母は田植え。指も膝も痛いので田植え機に乗るのはおっくう。

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 夕暮れになってしまう。家の近くの大区画が終わったので、遠い所の田んぼ巡りが始まる。遠く細かく離れてるのでさっぱりはかどらない。






 

田植え(4)と代かきすること

 早朝から代かき。6時前に田んぼに行くと、大きな水路を挟んだ向こうの田んぼで父と母が田植えを始めるところだった。あちらこちらでも代かきやら田植えやらで大賑わい。

 昼前から前線通過で暴風。それまでは快晴。

 この4日間で家から近い好条件ほ場ばかり9枚で7町5反ほど植えてしまう。

 あとはしばらく遠い場所の細かい田んぼが続くので、さっぱりはかどらない予定。とりあえず明日と明後日は父の友人が田植え機を使うので、我が家は最後の種まき。

 夕陽
 夕方になって雲が切れる。

 噛み傷は次の5日の診察までとってもそのままにしておけないので、1日3回セルフで消毒して包帯を取り換えてしまう。昨日の夜は第二関節が曲がらなかったのだが、今日は少し曲がる。第一関節はパンパンに腫れて曲がらない。膿まなければよいのだが。

田植え(3)と病院に行くこと

 怪我をしたら気が緩んで7時半前まで寝てしまう。「花子とアン」を見逃すわけにはいきますまい。

 午前中は病院へ。県立病院なので物凄く混んでいる。整形外科で処置してもらい、次は病院が休みなので5日に救急外来で診てもらってくれとのこと。やっぱり「猫は危ないよ」と言われる。

 午後から代かきに出る。父と母が午前中から田植えをしてくれている。指一本不自由なだけでもすごくやりにくい。どうなることやら。



田植えと野良猫に指を噛まれること

 4時半に起きて昨日田植えした田んぼの水を見に行く。それから7時まで軽トラ1台分だけ田植えをする。

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 早朝は風がなくて気持ちがいい。

 水深2センチ状態での田植えを心がけているので風がないと水が片寄らないので助かる。水深2センチあると水も植えている間に温まるし、田面は乾かないし、肥料が溶けた水も流出しないし、それに田植え機の走りもいい。ただ風が強いと風下が水深5センチになってしまうので、そうなると植え付け状態がさっぱりわからないわけです。マーカーも見えない。そーっと植えないと浮き苗になって流れてしまう。

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 奥さまが苗を運んでくれる。いつの間にか写真も撮ってくれていた。

 ミルキークイーンが植え終わったのでコシヒカリにチェンジ。自分の集落の1ha区画へ。長辺200メートルでも慣れると短く感じる。これが未来のあるべき田んぼの姿なのだが・・・。



 田植えを終えて家に戻り庭を歩いていると、ニワトリ小屋の猫よけネットに野良猫が絡まって暴れている。いつもうちの庭をウロウロしている可愛くない黒猫。僕に気づくと僕を威嚇してさらに暴れ、ますます絡まっていく。これはもうどうしようもないのでカッターナイフでカーテン状のネットを上の方から切る。で、猫に絡まったネットを外してやろうと思うのだが、威嚇が激しい。

 こりゃ噛まれると思い、軍手とゴム手袋を2重で付けて、猫の体を切らないように猫とネットの間に刃を入れて少しずつ切る。まるでフェンシングでもしているかのような動き。とにかく凄い威嚇っぷりなのだ。

 ネットを数か所切ってもう少しというところで左手の人差し指を思いきり噛まれる。あまりの激痛で絶叫してしまう。手袋を取ると血がダラダラと流れてきた。これはマズイと流水で洗い、騒ぎを聞きつけて出てきた母に「タオル!タオル持ってきて!」と言い、とりあえずタオルをきつく巻いて止血する。

 奥さまも出てきて「病院行くよ」というので、「まぁ、まず待ってくれ」と。僕は明日も田植えがしたいのだ(笑)。ひとまずガーゼと包帯と消毒液を持ってきてもらい応急処置をする。で、保健所に電話して「野良猫に噛まれると本当にマズイですか?」と聞いてみる。すると、「うちではお答えできないので病院に行った方がいい」と言われたので、奥さまのいう事に従って県立病院の救急外来に行く。

 で、まぁ、先生も看護婦さんも「野良猫は危ない」と。最悪指を切断する人もあると。いやはや。傷口を水で洗って消毒液を傷の奥の奥まで塗り込んで、破傷風予防のために軟膏を塗って、最後に注射。しかもお尻に筋肉注射。土壌の細菌に効果がある注射とのこと。今日はお風呂に入らないように、土いじりをしないように、経過観察が必要なので通院するようにと言われて帰宅。

 いやはや。



 そういえばネズミに噛まれたこともあった。あれは25歳の頃で、僕は千葉にいて、何もしていない無為徒食の生活だった。歩道のゴミ集積場のカラスよけネットにネズミが引っ掛かっていて、どうにも苦しそうだったのでネットを外してやろうと手を出した瞬間に噛まれた。指に穴が開いたと思うくらい噛まれて、歩道に血を落としながら部屋に戻って傷口を洗い続けた。保険証なんて持っていなかったと思う。病院には行かなかったが、悪い病気に感染したらどうしようかと思った。

 幸いなことにいつの間にか治り、2度とネズミは助けないと思ったのだった。しかし、猫となれば見殺しにもできない。実家では猫を飼っているし、僕も猫を飼っていたことがある。

 せめて高枝切りのハサミを使えば良かった。こんなことで明日の田植えができなくなるとは思わんだな。(笑)



 黒猫はしばらく暴れまわってからネットが外れて逃げていった。僕はその猫が生きても死んでもどちらでも構わなかったのだが、もう過ぎたこと。仕方がない。夢中だったのだ。人というのは命に対する憐みの気持ちをちゃんと持っているのだろう。猫は礼も言わずに逃げたが、それもまた生き延びた命。これもまた生きている痛み。

 いや、凄い激痛だった。



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