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稲作専業農家の素敵な日々

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稲刈りを見に行くこと

 草刈りブンブンしていると農家仲間から電話があり、近くでクボタのコンバインが実演するのでどうかという誘い。もちろん喜んで見に行く。

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 5条90馬力、6条100馬力、6条120馬力が1台ずつ来ていた。スタッフも20人以上来ているし、まだ皆さん稲刈りが始まらないので知り合いにもたくさん会う。ちなみに6条120馬力は1500万円以上ですからね。米価は下がるばかりなのに機械は高いです。うちは去年三菱の5条70馬力を入れたのでしばらく最新のコンバインに縁はありませんが、指をくわえて最新機を眺めるのもまた勉強。

 あきたこまちを刈っていたようだ。朝方に雨が降ったせいもあるだろうけれど、水分は29%とのこと。コンバインで水分を計測できるのはいいなぁ。しかし、29%も水分があると、毎時0.8%で乾燥させても15時間以上かかるわけで、とにかく灯油を使うのです。軽油がなければコンバインは動かないし、灯油がなければ乾燥機は動かないし、電気がなければ籾摺り機も動かない。農業は工業なのです。

 午後は娘の体育教室。教室のイスで寝てしまう。

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 夕方前から草刈りと草取りとしつつ稲の様子を見て回る。今年は穂が小さい気がするなぁ。早稲はまだ微妙に青い。





 
 
 


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稲刈りまでのあいだに

 28日 (木) 雨が降ったり止んだり。夕方は晴れる。

 商店に行ったり。せっかくなので商店の検査員を連れて田んぼに行って稲を見てもらう。やはりまだ青いとのことで、稲刈りは9月に入ってから。もっとも1番早いもち米や酒米の人ですらまだ刈っていないのだから、普通の早稲などまだなわけです。


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 作業場の天井が低く、毎年1日2回は頭をぶつけるので要注意部分にビニールテープを貼って注意を促す(笑)。午後は少し草刈りして、夕方から市の祭りに行く。

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 帰り道、カラスの大群に夢中になる。誰にも全うすべき時間がある。理由なくとも生きていける世界がある。


 29日 (金) 久しぶりに通り雨がない日。

 最初に稲刈りに入る田んぼのヒエやらクサネムを取る。玄米に混入しないヒエなど取る必要などないのだが、ヒエが残るには残ったなりの原因があるので、来年はこんなバカらしい手取りなどすまいと心に誓うために鎌を持って手取りする。クサネムは中干し後の2週間深水でかなり抑えることができるようなので、来年はまぁ全体的に意識しよう。意識しようと思うのだが、田植え後にいざ100枚以上の田んぼを面倒見ようと思うとこれがなかなか。

 1日草取りしようと思ったが、奥さまはお出かけ、娘は保育園、息子は母が見てくれているという機会に恵まれた(笑)ので、午後から久しぶりに単独ドライブに出ることにする。

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 黒川→関川→村上→朝日と下越周遊。関川側から峠を越えて大栗田へ。この道は大栗田の集落から村上市街に向かう道なのだが、冬季は関川側の峠が通行止めなので、街へ出るにはこの道1本しかない。左は断崖絶壁で、右下には川。数キロ先の集落に出るまで道幅もずっとこのまま。

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 高根集落の広域農道を走り天蓋高原へ。今回で2度目だが、よい道だ。

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 広域農道を進んで国道に抜ける手前に大毎集落の棚田がある。丁寧に草が刈られた法面の美しいこと。立地条件がどうであれ、コメの値段はそう変わらない。コスト削減の合理化稲作なんて言っても、大規模化が可能な地域と、容易でない地域がある。
 途中で刈払機を使っているお婆さんを見かけた。こういった風景の場所から真っ先に耕作放棄地になっていくというのは悲しいことなのだが、この風景を心象風景としていくような若い人や子供などもうそんなにいないのだ。それは僕の住んでいる稲作合理化が可能な地区だってそうなのだから。

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 海へ出て笹川流れをドライブし、村上から高速道路を使って帰宅。 山に、川に、海。それぞれの立地に適した人の暮らしがあり、それぞれに違った心の風景がある。

 満ち足りてこそ満足。戦後70年。僕たちには欠けたものがあるのか。それとも、新しく見つけ出すべきものがあるというのか。

 
 
 



 


作業場の準備など

 26日 (火) 雨。夕方から晴れる。

 胃がん検診。初めてバリウムを飲む。診察後の下剤が効いてすぐにグッタリ。昼前から夕方まで4時間も昼寝をしてしまう。

 夕方に田んぼの水を落としに回る。

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 晴れ渡って虹が出る。急いで奥さまに電話する。(外に出て子供たちに虹を見せろということです)


 27日 (水) 雨。午後に強く降り、夕方には止む。

 稲刈りに向けて作業場の準備。午後は自分の車の点検。帰りにホームセンターに寄り、夕方にまた作業場作り。

 夜は共済の損害評価野帳を書く。しかしまぁ、田んぼの台帳の面倒なこと。肉体労働をするとビールが飲みたくなるし、ビールを飲むと夜に事務作業などやってられない気になるのだが、これじゃいかん。今は父もいるから良いけれど、父が引退したら一体どうしたらよいのか。体力もたないんじゃないか。

 で、globeを聴きながら事務作業。最近は密かにglobeブームが再来しているのだが、大人になればなるほどglobeの壊れ加減が気持ち良い。僕はKEIKOの声に非現実的な疲労感を感じていて、その疲労感とは何なのかといえば、たぶん観念的な疲れ。その行き場のなさが気持ち良い。TMの小室哲哉はこんなんじゃなかっただけに、なおさら良い。自暴自棄を繋ぎとめるわずかな正気。ほとんど語りのようなMARCのラップは正気を保っている。


 具体的な人生設計も何もない悲愴感。人それぞれ捉える世界は様々で、同じことが嬉しい人もいれば嬉しくない人もいる。永遠の不和などというのは1人でも生きていられる間の幻なんじゃないか。それをどうやって抜け出すか。分かり合えるとか分かり合えないとか、そんなことを考える暇や余裕がありすぎて、色んなことが上手くいかないのではないか。

 しかし、最近の僕は食べることと眠ることしか楽しみがないのだが、それもそれでどうかと思うのだ。何かもっとこう、哲学的な悩みが欲しい。(笑)

 

草刈りすることなど

 23日 (土)

 市の農業士会のイベント。親子で牛の乳搾りや野菜の収穫。お昼にカレーを作って食べて解散。打ち上げをやらなかったので、夕方から草刈りに出る。ただ家に居れないというのもライフワークバランス的にどうかと思うのだが、うーん、ゴロゴロしたい。


 24日 (日)

 終日草刈りする。昼を挟んで高校野球観戦。新潟は敗退してしまう。


 25日 (月)

 夕方前まで草刈りする。手も痺れるし足腰も疲れたので途中で止めて娘のお迎え。夕方に風被害の再確認。共済に出さねばという事で。

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 早稲も少し色づき始めてきた。



 なんだか疲労感。単純に肉体疲労なのだろうけれど、気分も少し調子が悪い。夕飯の時に娘の話を中心にしてやりたいのだが、父も母も婆さんもいるし、僕は父と田んぼの話があるし、奥さまと母は1歳の息子の相手があるしで、まぁ、たぶん娘もストレスなのではないか。
 去年までは娘に無慈悲に厳しくしていたのだけど、このところずっと優しくしようと思って接している。「しつけ」の概念なんて親が見る幻なのではないかと思い始めてきたのだ。大人が常識的な普通の生活をしているならば、しつけは生活の中だけで十分なのだろう。子供が悪ふざけするとき、そこには大人による前フリがあるのではないか。子供は鏡のようだ。大人が生活の中で見せるいい加減さを子供もしっかり学んで真似をする。それでいいのだ。人様の前で「ええかっこしい」の農村の暮らしは疲れるのだ。色々と、もう少しいい加減にならないものだろうか。
 ま、我が家は大人が多いので、娘は娘なりに自己主張するのに必死なのだろう。何もかもがこれからなのだ。娘にしても、僕にしても、誰にしても。



 


 

高校野球を見ること

 19日 (火)

 はて、4日前は何をしたかと思い出す。しばらく思い出せなかったが、久々に5時起きして父と防除に出たのだった。午前中も続きをして、防除用の噴霧器を洗う。

 午後は草刈り。夕方は週末のイベントの下見で仲間の畑と牛舎へお邪魔する。帰り道がてら草刈りしてから帰宅。


 20日 (水)

 JA青年部の集まり。終日。日付をまたいでタクシーで帰宅。


 21日 (木)

 昨日は脱水気味で飲んでしまったのでグッタリ。午後まで寝てしまう。夕方に娘の迎えとタバコの買い出し。


 22日 (金)

 草刈りする。

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 久々に自走式草刈機も使う。暑い。

 第四試合が新潟対福島なので間に合うように帰宅。もう夕方だし、たまにはいいだろうとビールを飲む。たまにはというか、初めてか。

 新潟が勝ったので楽しみが増える。

 広島の土砂災害の惨状をテレビで見ていると、何というか、こういう他愛もない日常を過ごすためだけに人は生きているような気がしてくる。とにかく普通で平和であることのありがたさ。







 

田の見回り

 3日帰省して2日雨が降ったので、正味5連休してしまったことになる。心配だ、あぁ心配だ。(笑)

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 昼前まで雨が降り、それから陽が差す。突き出た止め葉(最後に出る葉っぱ)が美しい。

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 早稲の「こしいぶき」の穂は比較的ダメージが少ない。好天が続けば刈取まであと2週間だろうか。好天が続けば。

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 主食という貫禄。

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 稲作とは、3粒の種籾を茶碗1杯のご飯にすること。それだけ。

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 それにしてもコシヒカリの白穂が痛々しい・・・。

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 穂に寄り添うように伸びる止め葉。

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 出てくる穂を守るために最後の葉があるのだろうか。

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 前回の甚大な白穂被害は1982年らしいので、32年ぶりということになる。出たばかりの穂が乾燥温風にいかに弱いかということが学べたのは貴重な経験だ。

 穂の弱さを知り、ますます止め葉が穂を守っているように見えるのだ。風から、雨から、日差しから。そして最後は空を差す。重くなった穂のバランスを取り、上に向かって支え、倒伏しないように。


雨が降ったり止んだり

 16日 (土)

 終日雨が降ったり止んだり。親戚の葬式があったので父を葬儀場に送りに行き、婆さんが自分の実家に線香あげにいくというのでそれも送る。ま、婆さんの実家は隣の集落なのだが。ついでに近くの田んぼを眺めて回る。長雨なので排水は開けてあるし、見たからといってどうなるものでもないのだが、それを言ったらおしまいよ。心配する気持ちこそモチベーションの源。

 午後は娘の体操教室に行ったのだが、教室の不手際で施設の鍵が開かないので休みになってしまった。不手際は誰にでもあるある。相手の不手際を責める積極性があるのなら、そのエネルギーは他のことに使った方がいい。「仕事だろ」とか「金払ってんだよ」という言い分もあるのかもしれないが、僕自身も日々そんなに立派な志で仕事をしているわけでもありませんので。(笑)

 で、婆さんを迎えに行って、父を迎えに行って、子供たちとさっさと風呂に入って日が暮れる。


 17日 (日)

 昼まで強い雨が降る。午後は小康状態。無理して外仕事することもなし。書類もゴチャゴチャしているのだが、急いでするような中仕事もなし。(笑)

 床屋の予約をしていたので朝イチで散髪へ。子供たちが退屈そうなので、午後から出かける。

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 そしてなぜか新潟空港に飛行機の離着陸を見に行く。安いデジカメのフルズームなので写真もよく撮れず。でも、1歳の息子は大喜びの様子。さすがは男子ですな。

 それから亀田の「いくとぴあ食花」へ。夕方から行ったので時間がなかっただけかもしれないけれど、この施設はどうやって楽しんだらよいのだろう。ここでなければ!という魅力を見出すためにまた行かないと(笑)。税金に文句を言わない人間になるためには、税金で作られたものの恩恵を受けて楽しむべし。高速道路の舗装が新しくなっていると、自動車税の払いがいもあるってもんです。


 『ダーウィンが来た』を久々に観た。今夜はアリの話ですよ、アリ。彼らの行動が本能なのか社会性なのか協調性なのかわからないけれど、巣から独り立ちした女王アリがパートナーを見つけるために飛んで、用済みになったオスはすぐ死んで、女王は不要になった羽を捨てて産卵のために孤独に巣篭りするわけです。それで卵の世話をして働きアリが生まれてくるのですが、その働きアリが卵から孵るのもちゃんと世話するわけです。ゴチャゴチャした手でゴチャゴチャと。で、生まれてきた働きアリは母親の女王の体をペロペロと舐めるんです。アリがですよ、アリが。

 だから、というのは飛躍なのだが、我々の世界認識の虚構さというか無意味さというか、そういうものをひしひしと感じるわけです。天のことを知ることもなく、地のことを知ることもなく、自分のことも知ることもなく、過ぎてはただ終わるだけ。たまたま僕はヒトで、たまたま彼らはアリだった。いや、もっとアリから学ぶことがあるかもしれない。せっかく農家なのだから、もっと生き物をよく見ようと思うのでありました。



 

  

 

帰省すること

 13日(水)~15日(金)

 故郷の福島県棚倉町に2泊3日の帰省。お盆には毎年帰省しているけれど、お盆に妻子供を連れて行くのは初めてなのだ。去年までは田植え後と稲刈り後に皆で行っていたのだが、今年は田植え後の帰省をしなかったので、去年の秋以来の帰省です。孫の顔は定期的に見せてやらねば。

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 街を見下ろせる高台から僕の育った街を見下ろす娘。山と川に挟まれた静かで美しい城下町だ。美しいと思うのは記憶を美化しまくっているからなのだが、この先どんな絶景に出会ったとしても、この街がナンバーワン。
 
 僕はこの街で生きていく術を身に付けることができなかったけれど、妻と出逢い、知らなかった遠い街で農家になり、こうして運良く子を持つことも出来た。とりあえず、今日のところは感無量。

 高校生の時、友達と授業を抜け出してこの場所へ来たことがあった。その時、僕たちはここで戦争に行ったという老人に出会い、戦争の話を聞かされた。それがどんな話だったのかは憶えていない。ただ、いつも通りの午後の授業のたった2時間のあいだに、何か特別な経験をしたような気になったのだった。

 一生の間に、あと数えるほどしか訪れないのだろうなと思うと、惜しい。

 14日は誕生日。34歳になった。めでたい(笑)。


 

 

 

 

フェーンにコシヒカリがやられること

 11日 (月)

 寒冷前線通過で雨が降ったり止んだり。「あきだわら」の噴霧器防除はできなそうなので、最後の穂肥を控えめにやったり、草刈りしたり。

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 昨日の夕方から深夜にかけてフェーン現象発生。乾燥熱風が吹き荒れる。稲は風向きに素直に従っていました。出穂期の早植えコシヒカリはポツポツと白穂が見えていたけれど、この程度で済んで良かった・・・、とこの日は思っていたのだが。

 夜は農業士会の集まり。帰宅が22時になってしまう。


 12日 (火)

 昼までは雨が降りそうにないので5時に起きて防除に出る。500リットルタンクに水をくみ上げて薬剤を希釈するのだが、寝起きでポンプのエンジンスターターを引っ張るのが辛い(笑)。朝食後にもう500リットル使って1回目の防除は無事終了。2反田以内だと噴霧器防除は楽ですね。ホースは最大100メートル出るし、巻き取りはリモコンで自動でできるし、粉剤より自分にかからないし。

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 フェーン翌々日の様子を見に行ったら、なんじゃこりゃあ・・・。これが白穂かと。ウチは比較的軽度なのだが、場所によってはかなりひどいところもある。

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 いやはや。

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 勉強になりました。経験が一番ですね(笑)。

 我が家には遅植コシヒカリもあるので、それはこれからが出穂期なので被害は軽微でした。早稲は硬化が始まっているので白穂にはなりませんでしたが、全品種で何かしら登熟不良の症状があるでしょうから、今年の籾摺りは玄米をよく観察して勉強したいと思います。
 

過ぎゆく台風と秋雨の気配

 9日 (土)

 台風接近に伴うフェーンがありそうなので、出穂期を迎えているコシヒカリの田んぼに水を入れて回る。この時期は稲が最も水分を要求する時期ということになっているので、熱風が何時間も吹くと水分の蒸散が激しいんですね(見た目にはわからないけど)、なので田んぼに水をたっぷり入れてやると。早稲は刈取りも近いので申し訳ないけれど土壌水分で頑張ってもらう。この後の台風一過は一時的で、天気図上にも秋雨前線が出てきそうな気配なので、あまり水を入れ過ぎても、その後の雨次第では田んぼがドロドロのグチャグチャで稲刈りに支障が出るわけです。刈取り時期と土壌水分を見極めて水を入れたりするのですが、大体にして上手くいかないもんです。(笑)

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 稲はお米になるまでにとにかく時間がかかる。田植えしてから穂が出るまで3か月。で、このあと1か月かけて登熟し、やっと稲刈り。出逢ったその日にメイキンラブなんてわけにはいかず、あの手この手で時間をかけて口説くのです。物理的にはある程度の放置プレイでも立派に稲は育つけれど、生育状況を見もせずに放置すればするほど田んぼというか、大地というか、稲そのものにというか、まぁ、そういうところへの愛着・愛情が薄れてしまう。気持ちで頑張るというのは全く合理的でも効率的でもないのだけど、気持ちで頑張らないと続かない。ま、何でもそうですな。割り切れないところに面白味があり、葛藤があり、結局のところ愛があるわけです。何か特別な気持ちの何をもって愛と呼ぶのか僕にはわからぬが。

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 虫たち。僕が虫で虫が僕だとしても支障のない世界。


 10日 (日)

 葬式にかかってしまい、父と母が東京に出かける。午前中は家族でスーパーへ。午後は保育園の臨時説明会に出て、それから夜がけしっ放しだった田んぼの水を止めて回る。

 保育園であった前年度の不祥事が新聞に出てしまい、それの説明会。副市長はじめ子ども課の方たちが丁寧に説明して下さる。僕は事後のことを責める趣味はないので「過ぎたことは仕方ないので、改善内容を市民に公表してください」という旨の質疑をする。そもそも、僕自身が行政の過失に対して一人前の意見を言えるような立派な人間かと。親としてうんぬんという感情論もあるだろうけど、こういう事案は官民一体である程度真面目に改善に取り組むという方法しかないのではないか。結果的に子供たちに被害がなかったのだから、まぁ、今後の取り組みの問題です。

 夕方から気温が上がり、暑い風が吹いてくる。夜になって風が強まり、いや水をたっぷりいれておいてよかったわいと胸をなで下ろす。




 



結婚記念日だったこと

 6日 (水)

 午前中と夕方に父と予防に出る。早稲品種の「こしいぶき」にブラシンジョーカーのフロアブル剤を800倍程度に薄めたものを動力噴霧器で散布するわけだが、畦畔を早歩きするので規定使用量よりかなり少なめにしか散布していない。

 しかし、この「こしいぶき」はどこでどのように消費されているのか。

 大規模農家が安価の早稲(わせ:早く収穫できる品種)を作るというのは収穫作業を分散させるためなので、3日で稲刈りが終わる農家ならば出荷価格が1番高い「コシヒカリ」のみ作付けするわけです。

 稲には収穫適期というのがあるので、極端な刈り遅れは品質低下するわけです。我が家のコシヒカリは最初と最後のもので種まきも田植えも20日以上違いますが、出穂は10日も違いません。それでも最後に種まきしたものは生育もカレンダーの後半にずれ込むので、植えた順に刈っていけばそれなりの適期で収穫することができます。

 で、「こしいぶき」ですが、コシヒカリばかりがダブつかないように(ダブつけばコシヒカリの価格が下がってしまう)新潟県の早生品種として栽培推奨されているのです。高温障害と倒伏に強く、食味も良いのですが、多収品種ではないうえに価格も安いので多肥・多収栽培されているようです。極端な多肥栽培は食味を落とすのでやめましょうということになっているのですが、安価なので11俵取らなきゃ割に合わないということになり、そうなると市場に出回っている「こしいぶき」は美味しいのか?と、ちょっと気になってきました。

 ウチの「こしいぶき」は実り肥(3回目の穂肥)もやらないし、せいぜい9俵前後なのですが、それで味はどうかといえば、まぁ、新米で食べる時だけはやたらと美味しいと(笑)。まぁ、安価なので、これで十分という話があれば、こういうお米の方が普段の食卓用としての潜在需要があるのかもしれない。


 原爆の日です。僕は子供の頃に観た「はだしのゲン」の恐怖があるし、当然昭和生まれなので昭和の歴史としての戦争も祖父母の体験を父母を通して聞いて育ったので、戦争の愚かさや平和への感謝という気持ちを抱いているつもりなのですが、さて、自分の子供たちはどうなるのだろうと。

 「世界には食べ物を食べれない子供もいるんだぞ」なんて娘に諭した時期もありましたが、さっぱり効果がないので「残したものは「ごめんなさい」って言って自分で生ゴミに捨てろ」という意味の分からない教育に変えました。

 こうして僕たちは思いやりの気持ちを損なっていくのだろう。過去の不幸、誰かの不幸に鈍感になっていき,、他人の痛みを想像できずに、自分の欲望ばかりで成長してしまう。でも、それで良いのかもしれない。時代も価値も常識も変わり続けるものなのだ。世の流れがどうであれ、僕が手にしているものなどは妻と子と仕事しかないのだから、その中で最善の道を進むしかないのだ。正気を保つというのは難しいことなのかもしれない。


 7日(木)

 午前中はコシヒカリの予防をする。早稲は出穂期と穂揃い期の2回防除をするのだが、新潟県のコシヒカリBLは耐病性があるので1回防除のみ。横幅50メートルの1ヘクタール田は効率が良いので動力散布機を使ってのホースによる粉剤散布。

 やらなければ減農薬、やっても特別栽培米の基準内。これは難しい問題です。田んぼというのは自分のも他人のも隣続きなので、大方の人が防除をやれば近辺一体にも薬剤効果が残るわけです。なので、皆が防除をしていれば自分だけが防除をしなくたって間接的には防除をしているのと同じになる。だから無防除でも近辺からの飛散は必ずあるので、『無防除』という状態は特殊な条件(誰の薬剤も届かない場所にある田)でしかあり得ない。

 この問題は自分だけでなく地域も絡んでくるので、「あの人は予防しない」という話になってくる。いやはや。僕は病気に関しては出てから対処すれば良いと思うのですが、斑点米カメムシはやはり少ない方がいい。まぁ、これも色彩選別機を買って斑点米を取り除けば良いのであって、そうすれば別に薬剤防除などしなくてもいいのだ。でも、まったく予防しないなんてのは大規模経営としての質を疑われるのも間違いない。食品を扱う人がアルコールで手を洗うという予防措置と同程度の問題なので、「普通やるでしょ」みたいな。うーん。難しい。コメは安くなるばかりだが、資材は相変わらず高いのだ。


 8日(金)

 小雨。草刈りやら。

 今日は結婚記念日なのだ。よくできた妻がいて子どももいるのだから、もうそれだけで有り難い。感謝の気持ちを言葉や表情で表せる人間でありたいものです。

 僕たち夫婦は子供の前でも「お母さん」とも「ママ」とも呼ばずに名前で呼ぶのだが、まぁ、そうすると娘も親を名前で呼ぶわけです(笑)。僕にとって妻は「お母さんやママ」ではないですからね、一生そういう風には呼ばないだろうなと。名前で呼ぶってのは大事だなぁと、名前で呼んでいるとよく分かります。家族であっても、それぞれに名を持つ独立した個人ですから、人格の尊重という意味でも名前で呼ぶことは良いことだと僕は思います。


 カメラを軽トラに忘れて字ばかりの文。字ばかりというのは面白くないのだが、作文の練習には字ばかりが良い。 

川遊びすること

 4日 (月)

 コシヒカリより出穂が遅い「あきだわら」という品種に穂肥を振る。あとは草刈り。先週からの暑さで少しバテてきたので、明日は休もうと決めて張り切る。いや、しかし、暑い。

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 夕方になると葉先に水滴があがってきて、それが夕陽に照らされる。猛暑の中で会話もしないでいると、そういうものを見るのが楽しみになってしまう。いやはや。

 暑くて寝付きも悪いし、寝苦しい。 

 5日 (火)

 5時に起きて早稲の予防に出る。朝食後も続きを小一時間ばかり。昨日よりも猛暑予報なので、あとは終日休み。

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 娘を迎えに行って、そのまま加治川の天然プールに涼みに行く。学生が何組も泳いでいた。こうして泳げるくらいに澄んだ水を田んぼの用水として豊富に使えるのだから有り難い話です。



 世の中では色々なことが。小保方さんの一連の騒動は自殺者まで出てしまい、佐世保の高1殺害は冷蔵庫に猫の頭部があったとか。

 人間の歴史の残虐的な面から捉えれば、どちらも昔からある話なのだろう。ただ、僕たちはあまりに退屈なので、面白がって騒ぎ立てるのだ。自分は良識であるという優越のためには、ならず者を引きずり回して晒し者にしなければならない。

 逸脱が個人の問題なのか、社会の問題なのか、人間の性なのかはわからないが、ナチスを支持した人々だって善良な市民だったのだ。農民らしく勤勉な生活を心がけている僕にしたって、どこかで履き違えている良心や常識があるだろう。

 食べることに飢えずして生きることに飢えているというのなら、一体何を施されればよいというのか。



 
 
  

出かけること、長岡花火のこと

 2日 (土) 晴れ

 保育園も休み、体操教室も休み。ならばどこへ行こうかという事で、少し遠出して越後湯沢の湯沢高原アルプの里に行く。出発前のバタバタ時間に時間をもらって小一時間ばかりあちこち水をかけて回る。水の来る日が土日というは都合が悪い。まぁ、兼業の人は土日に水が使えた方がありがたいわけですが。早起きしてやろうと思っていたのに、田植えと違って早急性も危機感もないから起きれず。起きる気もなく。ダメな男だ。(笑)

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 ロープウェーで標高1000メートルまで上がります。涼しいです。

 帰りのロープウェーに乗る頃、雷がゴロゴロ鳴り出す。下山した途端に夕立。側溝から水が溢れるほどの豪雨で突風も吹き、出入り口の単管で組んだ屋根がバラバラに吹き飛ぶ。気温も一気に20℃まで下がって涼しくなる。

 山間部の局地的な夕立なので、高速道路を走り長岡まで来ると、もう日が沈むというのに30℃もある。黒崎SAで夕飯を食べて20時に帰宅。久々に家族4人で遠出した感がある。普段は婆さんもいるし、父も母もいるし、ワイワイガヤガヤですから。えぇ、大勢の方が楽しいですよ。大家族こそ家族のあるべき姿なのだろうなと。

 帰宅してから午前中に出してきた水を止めて回るのだが、早稲は一番遠い地区に植えてあるので、闇夜に紛れて行動するには悪い。せっかくだからと、日中はなかなか水がかからない他の田を夜がけしようとウロウロする。夜に土水路の堰板をセッティングするのは難しい(笑)。火曜日は猛暑になるというので、穂揃いし始めた早稲はとにかく水が必要なのだ。別に土が乾いていても穂は出るし、極端な干ばつでもない限りは普通に育つのだが、最終的な品質はやはり土壌水分のキープの仕方で変わってくる。変わってくるということに指導上はなっている。


 3日 (日)

 日曜とはいえ水が来る日なので外に出る。これから出穂を迎えるコシヒカリも田面がほどほどに固まっている所は水を入れる。それから草刈り。

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 早稲品種の「こしいぶき」は穂揃い始めている。

 暑すぎるので15時まで休憩して、それからまた色々と。


 昨日、今日と長岡の花火大会だった。行けなかったので、動画で楽しむ。

 今年は1.5倍の規模なのですごい迫力だ。これを見ると目頭が熱くなってしまうのだが、BGMの効果だろうか。もともとは中越地震の復興祈願花火なのだが、 あの震災以降は復興祈願というより鎮魂として響く。



 これが浄土曼荼羅だと言われれば、これが浄土曼荼羅なのだろう。
 人生の輝きにも似た一瞬の光の連なり、ひとつでは何の意味も持てない瞬間の連なり。連鎖することで造形されている全体。重なり合う輝きは出逢いのように、ひとつとひとつ以上に明るく輝き、そして消え、残煙を照らす次の光がすぐ傍に。生まれて、死んで、また生まれて。
 そういうことを考えて見ていると忘我の境地になってきます。

 


 

家のワックスがけと草刈りとアルバイト

 暑い。娘をママチャリで保育園に送り、それから年に一度の家のワックスがけをする。このワックスがけをすると、一年はあっという間だなと思う(笑)。今日から8月です。

 午後も暑いが日差しがないのですぐに外に出る。草刈りをしていると父から電話があり、アルバイトがあるから商店に連絡してくれとのこと。商店に行くと1反ちょっとの田んぼ1枚にバサグランの粉剤を振ってくれないかということなので、地図と薬剤をもらい現地へ行く。地主は腰が曲がったおじいさんで、とっても動力散布機など背負えないという。作業自体は5分で終了。
 動力散布機作業は1反あたり1000円が相場なので、たぶん1300円くらいのアルバイト。650円時給2時間分を5分で稼ぐと言えばオイシイ話だけれど、動力散布機自体が10万円はするわけです。トラクター耕起だと1反あたり5000円が相場ですが、トラクターが500万円はするわけです。そう考えるとオイシイ話でもないのですが、どうせ道具は揃っているのだから、自分の時間さえ空けば作業委託が一番稼げるのです。が、他人の仕事ばかりしていて自分の仕事が進まないのでは本末転倒。そんなわけで自分の草刈りが中断されたので、残業して草刈り(笑)。キリが悪い所でやめて、続きはまた明日というのが嫌なのです。

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 圃場整備の盛り土道路は強い雑草が多い。クローバーやスギナやツユクサばかりなら柔らかくて楽なのだが、この時期のイネ科雑草の頑固なこと。雑草も秋までに穂を出そうと必死だから、刈っても1日で5センチくらい伸びてしまう。でも、それでこそイネ科。イネ科の強靭な生命力のおかげで人類は飢えることなく進化できたのではないか。そう思うと、刈っても刈ってもすぐに伸びる草たちを憎らしく思えなくなる。


 蒸し暑い夜にジャニス・ジョプリンを聴くと熱帯夜ハイに拍車がかかる。冷蔵庫に行きたくなるが、その1本が常習化すると痛風になるんだろうな(笑)。

 
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