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稲作専業農家の素敵な日々

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穂肥の時期、セミの季節

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 『やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声』  芭蕉

 外から帰ってくると、脱皮前のセミが家の裏口でひっくり返ってもがいていた。庭先の木にくっつけてやると木登りを始めた。僕はそこまでしか見ていない。明日の朝に抜け殻だけが残っているとよいのだが。

 ということで、お久しぶりでございます。暑さと忙しさでなんも書けない日々でした。田んぼの他にも集まりやら何やらで飲んだり、飲んだり、また飲んだり。

 田んぼは出穂の早い順に穂肥をやってまして、本年度の作付品種ですと「雪ん子舞」、「こしいぶき」、「ミルキークイーン」、「コシヒカリ」、「あきだわら」という順なのですが、早稲の「雪ん子舞」と「こしいぶき」は2回とも終えまして、「ミルキークイーン」と「コシヒカリ」は1回目が終わって、晩稲の「あきだわら」が1回目の最中でございます。

 しかし暑いぜ。この暑さで動力散布機を背負って田に入るのはなかなかの重労働なのだが、そういう話になると必ず「どうして元肥一発を使わない?」となる。いやいや、一発ならどれほど楽かとは思うのですけど、これが一番勉強になるんですわ。(笑)



 この連休中は奥さまの妹家族が来ていたので、昨夜は久々に茶の間で夕食を食べた。畳の部屋を走り回る子供たちの騒ぎ声の中でビールを飲んでいると、「あぁ、この子供らはいつかの僕でもあったのだ」と、愉快な気分になる。

 家の裏の水路には蛍がいるのだが、網戸から入ってくる涼しい風にも蛍の光を感じられるような、そんな晩。僕にしても過ぎゆくことなど知らずに騒いだ晩があったわけだが、それでもいつかは自分も大人になるのだという予感は感じていたのだろう。大人の叱り声に、大人がこぼしたビールに、片づけをするお母さんたちの背中に。

 5歳になった娘の感性は泣くことを求めているようでよく泣くのだが、あぁ、そうか、僕にだって泣きたい理由というものがたくさんあるのではないかと、ふと思うのだった。子供たちはそうして世界に慣れてゆくのだろう。抑えきれない衝動が社会的常識の範疇に収まるようにと、泣きながら自分に慣れてゆくのだろう。


 僕たちはセミではないのだが、セミと変わらぬようにも思える。水鉢の中のメダカと変わらぬようにも思える。この頃そういう気分になることが多い。花や草木を眺めることも多くなってきた。





 
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