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A NET ~あねっと~

稲作専業農家の素敵な日々

草取りと草刈りと昼寝

最近、5日連続で仕事をすると人並みに体が疲れる気がする。5日仕事すれば1日くらい休んでもいいのかなと思うのだけれど、家でゴロゴロしているくらいならと、ついつい外に出てしまう。今日は朝方に雨が降ったので涼しい。涼しさにつられて外に出る。

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クサネムを抜き、刈りそびれていた畦畔の草を刈る。午後は何もしないと決め込んで昼寝。夕方まで寝てしまう。

農業新聞の信越欄のコラムが良かったので、記録ついでに転載。



 百姓という言葉が好きだ。「差別用語だ」と言って、使われなくなって久しいが、自分は百姓という言葉が好きで、誇りさえ感じる。職業で「お」のつく職業は少ない。お医者さん、おまわりさん、お百姓さんくらいしか思いつかない。
 今は、農業をやる農家が一般的な表現であるが、生業(なりわい)としての生き方があると、考えている。そこで、農業と百姓の違いは何だろうかと、百姓の目線を考えてみた。
 今の農業は、効率化を求めすぎ、結果、単一作物・大規模化に向かっている。百姓は、お金だけでなく、くらしの原点である食べるものから始まるので、少量多品目で、自分や地域に合ったものを無理なく作り、多く収穫できたものを換金する。
 一昔前の百姓には、四季折々の草花や生き物と共に生き、わらから何でも作り、わらの文化を大切にし、農具・肥料・生活雑貨等々、物を作る知恵があった。さらに、生きざまとして、花鳥風月を楽しむ心の豊かさがあった。効率化を求め過ぎない。福岡県の特定非営利法人(NPO法人)農と自然の研究所代表だった宇根豊さんの言葉を借りると、「畦草を刈っている時、カエルが田んぼに飛び込む3秒を待つのが百姓」であると。
 今、新潟平野の畦道は茶色に変色し、神経性農薬の多投の影響なのか、日本ミツバチやアカトンボなどの生き物が激減している。環境保全型農業という言葉が大はやりだが、大して良くもない環境を保全するより、「環境を創造する農業が大切」だと、栃木県の民間稲作研究所の稲葉光圀さんから教わった。そして、辻真一さん(なまけもの倶楽部=代表・キャンドルナイト提案者)からは「今の世の中は、するする主義で、何でも要求される。足し算でなく、しなくても良いことを引いていくと、本当にやるべきことが見つかる」と教わった。
 これを自分に当てはめると、兼業でなく専業農家であり、農業で化学肥料や農薬を引いていくと、有機農業にたどりつき、生き方として、「百姓目線」での生業を続けたいと考えている。



逃げるヘビを待つことなく草と一緒に刈ってしまうことがあるのですが、結局は余裕がないんですね。余裕がないということは時間がないということで、時間がないということは手間暇をかけられないということで、手間暇をかけられないというのは、規模が労働力の限界を超えているわけです。仕方ない。脱文明的な森の生活をするわけにはいかないので、僕はおそらく効率を考えて仕事をしていくのだと思いますが、それだけにこのような方々のこのような農業論にはとても感銘を受けます。
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最後の草刈りと作業場の準備 | Home | 草取り

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