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稲作専業農家の素敵な日々

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秋起こしとスキー場の準備が始まることなど

 色々と思い出しながら5日分。


 18日 (土)

 昨日は飲み会で帰りが遅かったけれど、まぁ普通に起きる。前なら昼まで寝ていたことでしょう。

 秋起こしを始める。田んぼを耕すことですが、事務的には耕し起こすで「耕起(こうき)」と書くので、田んぼを耕すことを田起こしと言います。が、この辺では「田打ち」と呼んで、なおかつ訛るので「たぶち」。田んぼを「ぶつ」ので田ぶち。

 ということで、ぶち始めます。

 毎年、ケイ酸を補給するためにケイカルを反当り100キロ入れてます。全国的に低コストと省力化で地力が落ちてきていると言われるので、経費はかかるけれど手遅れになる前に何らかの地力増進の心がけは必要だろうと思う。なので、稲わら鋤き込みも兼ねて真面目に秋起こしするわけです。

 ま、秋に耕しておくと春に楽々耕せるので、1番の目的は春の時間短縮のためだったりするのですが。

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 砂状ケイカルなのでロータリーの上に付けた肥料散布機で楽々散布。ただ、後部が相当重くなるのでターンが辛いです。そろそろ50馬力では頼りなくなってきましたが、この上のクラスのトラクターは700万円くらいするので、今どうしても必要かどうかと考えれば、まぁ後回しですな。

 夜は奥さまが集まりだったので、何とか子供たちを寝かす。賑やかで寝ない子たちなので容易でないのですが愉快ですね。愉快なのが1番です。


 19日 (日)

 天気が良い。終日田打ち。


 20日 (月)

 今日からスキー場の準備が始まる。が、下り坂の天気が夕方まで持ちそうなのでスキー場には行かずに田打ち。お昼に帰らずにキリの良いところまでやってしまう。

 午後はホームセンターに買い物に行く。帰りにツタヤの更新をして、特に何も借りたいものがないので、なぜかユーミンの初期のアルバム3枚を借りる(笑)。音だけを聴いているとキャロル・キングを聴いているような気分になるのですが、それまでフォーク一辺倒だった70年代当時にはさぞ斬新だったのでしょう。ニューミュージックと呼ばれたくらいですからね。
 音や言葉の1つ1つに存在感があって、あぁ、音楽を聴く楽しみってこんなだったなぁと。演奏やアレンジにも耳をすませたくなる流行歌って最近はあまりない気がするのだが、自分が年をとっただけなのだろうか。ハッとするような言葉もあまり見かけない。歌手の方は、今と言う時代を何と歌えばよいのでしょう。そして聴き手は音楽に何を求めて何を見出したらよいのでしょう。わからん。


 21日 (火)

 雨。雨なのでスキー場の仕事に出る。外でカッパを着て働くというのもまた楽し。仕事があるということ、半年ぶりに会う仲間がいるということのありがたさ。久々に全身の力を使ったので20時に寝てしまう。起きていられない程の疲労というか充実感。(笑)


 22日 (水)

 今日も雨。スキー場でリフトの搬器の取り付け。

 通勤時間で渡辺美里を聴くことにする。もうほとんど死語だろうが、「ひたむき」で「まっすぐ」な歌に胸が熱くなるこの頃。斜に構えて眺める世界など面白くないのではないか。ならば、できるだけ、まっすぐに。深い意味など探さなくても済むように。



 『夏が来た』と『10years』のメドレー。『夏が来た』のサビで歌われる「生きているまぶしさ」の部分は何度聴いても幸せな気分になります。歌い手と言葉のベストマッチング。『10years』では「この先10年も」がベスト。

 自然災害の恐ろしさや日本も含めた暗澹たる世界情勢を見聞きするほど、希望の拠り所など身近なところにしかないのではないかと思う。自分が世界をどう認識するかという自意識スピリチュアルな根拠ではなく、自分と誰が共にこの世界を受け止めながら生きていくのかという生活的根拠。そういうものを自分の中でしっかりさせていくことが大切なのだと改めて思う。

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