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稲作専業農家の素敵な日々

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祖父の葬式で帰省することなど

 13日 (月)

 午前中に父と種まきする。午後から実家へ帰省。雨の高速道路を走る。幼なじみの友人が新築で家を建てたので、ビール1ケースをお祝いに持っていく。夜は父と母と明日の葬式のことなど話をする。


 14日 (火)

 朝から雨。6時から納棺するというので早起きして母の実家に向かう。色々ともめ事がある。カラマーゾフの兄弟の一場面のような騒ぎ。15時過ぎに葬儀場を出て家に戻り、それから新潟へ戻る。行きも帰りも雨の高速道路。疲れる。

 いとこ達と子供の頃以来に会話をした。近い親戚は皆、良いところも悪いところも少ずつよく似ている。母の家系は気が強い人がほとんどだと思うが、そうではない穏やかな人もいる。気性の激しさは遺伝として僕にも受け継がれているのがよくわかるのだが、だからこそ荒い部分が出過ぎないように抑えることもできる。何もかもぶち壊すような激しさは僕自身のものではなかったというのは面白い。性格は確かに遺伝しているのだ。


 15日 (水)

 田を耕す。午後は組合費の集金に回り、それから田んぼへ。急に雨風が強まる。夕方から用事があるので雨がひどくなるまえにやめて、肥料散布機にシートをかける。だいぶ雨にぬれる。寒い。

 夜は青年部の会議兼飲み会。2時に帰宅。


 16日 (木)

 起きれない。15時まで寝てしまう。奥さまにも呆れられる。いやはや。カロリーメイトがあったのでそれを食べながらトラクターまで車で向かう。4反ばかり耕して、帰ってきてから苗箱を出す。

 いい加減な自分の性格を実感するのだが、今日は休日だったのだと思うことにしよう。自己嫌悪するほど自分を憎んでもいないし、奥さまに当たり返すほど奥さまを憎んでもいない。こういう日もあるのだ。人の欠点に点数をつけたりつけられたりするために生きているわけでもあるまい。


 死んだ祖父がどこで生まれたのか母も知らなかったようだ。

 一人の人間が子を残すことで始まる命の連鎖がある。親の親、そのまた親と、誰が欠けても自分はいないのだ。その連鎖の一部分でしかない自分。親族を見渡すと誰かは自分によく似ている。いつかは皆が順番に自分の番がくる。皆が必ず死ぬのなら、生きている今、人に優しくしない理由など見つからないではないか。


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