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A NET ~あねっと~

稲作専業農家の素敵な日々

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江浚いに出ること

 他の集落の江浚いに出る。江浚い(えざらい)とは用水路の掃除のこと。ウチの集落にもその集落に田んぼを持っている人がいるので、2人で出かける。未整備の土側溝が主な地区なので、20名以上の大人数で水路を手分けして歩き、鍬やらスコップやらで泥やゴミを浚って歩く。

 僕の集落は大規模区画整備によるコンクリートの大型用水路&地下パイプ水路なので江浚いは未整備区画の一部分しかない。昔は春先の江浚いといえば集落総出の一大作業だったようで、農家の若い嫁さんも作業したそうだ。鍬やスコップを持つとお腹が空く。重労働でお腹が空くとお米が食べたくなる。昔は働くためにコメを沢山食べる必要があったのだとつくづく思う。

 年々コメの消費が減るのは仕方がない。コメ農家が職業として成り立たなくなる時代が来るとしても、それもまた人類の歴史のページのひとつだろうか。積み上げた功績への感謝なくしても命は存続しうるのだし、人工的に増え人工的な食で短い命のサイクルを繰り返す未来の人類というのも在りうるだろう。今日は曇り空だったが、『花曇り』という言葉の奥に広がる無限の慈しみ、それへの想像力をなくしても人は生きていける。

 江浚いは昼前に終わり、家に帰るとお彼岸の線香上げに親戚が出入りしていたので僕も母と婆さんとともに歓談に加わる。父は線香上げに出ている。「彼岸の中日で農家仕事は休みの日なのに、その辺で江浚いしていたなぁ」と言う親戚があったようで、僕は「あぁ、やはり彼岸にやるものではないんだ」と思いつつも、来週に延期すれば延期したで「何で月末の忙しい時期にやるかな」となるのだ。農村の生活はカレンダーを事務的に割り切れない。それが面白い。

 奥さん子どもはママ会に出ているので午後はダラダラさせてもらう。

 川上未映子さんの『びんづめ日記』を読んだ。川上さんの文章を読むと、言葉とはやっかいだと思う。感性を言葉で表現するのは大変なことなのだと、改めて思います。
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